個人が尊重される社会か、そうでない社会か 私たちはどちらを選ぶのか

記者名:
撮影=sato futaba

一人ひとりの個人が尊重される社会を目指すのか。そうではない社会を目指すのか――

 参政党が掲げる「日本人ファースト」が大きな批判を浴びています。今回の参院選で最も勢いがあると言われている同党。その理由は何か。7月12日、東京と北海道で行われた参政党の街頭演説を取材しました。

集まった聴衆 「日本人を優先してくれる」

 「私たち参政党は高らかに日本人ファースト、日本人ファーストを訴えさせていただいております」

 「今までの政治が日本人を大事にしなさすぎた」

 「日頃、みんな言えなかったこと、ポリコレという名の下に言論弾圧されてきたこと、そのことに対してもしっかり意識を変えてみんなで戦っていきたい」

 7月12日、東京・足立区で行われた参政党候補者の街頭演説。

 連続して行われた3つの開催場所には、それぞれ40人から60人ほどの人たちが集まっていました。多くは30代から50代の現役世代。選挙に初めて関心を持ったと話す人もいました。そして話を聞いた支持者たちからは、日本人ファーストというフレーズへの共感と自分自身を大切にしてくれそうという期待の声が多く聞かれました。

7月12日、東京・足立区で行われた参政党候補者の街頭演説(画像を一部加工しています)
東京・足立区に住む会社員の男性(24)
「参政党は日本人を大切にする政策がいい

東京・足立区に住む女性
「子どもがいるので、外国人はタダ同然なのに日本人の奨学金はハードル高いという訴えに共感した」

茨城県から来た夫婦(共に55歳)
「今、外国人ばかりが優先されている。日本人は奨学金で大変なのに」
参政党は言いたいこと言ってくれているのがいい

東京・足立区に住む小学校教諭の女性(30代)
「日本人ファーストと聞いて、そうだ、そうだ、当然のことだと思った」

東京・葛飾区に住む会社員の男性(50代) 
「外国人と日本人どちらかに生活保護費を渡すなら日本人を優先してほしい。ごく当たり前。これまで、それを声を大にして言ってくれる人がいなかった」  

 同じ日、JR札幌駅前。2カ所で続けて参政党の街頭演説が行われていました。集まったのは20人から30人ほど。ベビーカーに赤ちゃんを乗せた若い夫婦や30代ぐらいとみられる男女などでした。ここでも聴衆が支持する理由として挙げたのは「日本人ファースト」でした。

 「外国資本に日本の土地が買いあさられるのを防ぎましょう。このままでは日本が外国の植民地のようになってしまう。怖くないですか? 止めたいと思いませんか、みなさん」。北海道選挙区の候補者がそう熱弁を振るうと拍手が起きました。

7月12日、JR札幌駅前で行われた参政党の街頭演説(画像を一部加工しています)
友人と来た女性(30代)
「日本人ファーストっていうキャッチコピーが面白い」

女性(30代)
「日本保守党か参政党、どちらに入れようか迷っている。外国人の問題が一番大きい。北海道も外国人が増えていて、このまま増えたら日本はおかしくなる」

ユーチューバーの男性(20代)
「日本は偉大な国で日本人は偉大な民族なのに、虐げられて、外国人ばかり優遇されている。参政党なら変えてくれそうな気がする」  

誰かを排除し、差別する社会で「日本人である自分は大事にされる」。本当にそうでしょうか。

参政党の憲法草案から消えた〝個人の尊重〟

 これは、参政党が作った憲法草案の一部です。

参政党の憲法草案の一部

 そこに書かれていたのは、「日本を大切にする心を有することが国民の基準」「個人や団体の利益(略)その追求は公益に配慮して行うことを要する」などの言葉。

 この参政党の憲法草案は、憲法は国や権力を縛るものであるという「立憲主義」から外れていて、そもそも「憲法」草案と呼べないものとなっています。「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」という言葉もありません。一人ひとりが、基本的人権を持つ個人として等しく尊重される、という内容ではありません。

流れに火をつけた

 東京・足立区の街頭演説では、参政党の候補者が、こうも訴えていました。「外国人留学生は優遇されている。1人あたり290万円も支給されている」

 これは、博士課程に進学する学生に対し経済的な支援を行う国の制度「次世代研究者挑戦的研究プログラム(通称SPRING)」を指しているとみられます。博士課程に進学する学生を対象に、研究費や生活費など1人あたり年間最大290万円を支援するというものです。

 制度は、日本人学生の博士課程への進学を支援する趣旨で作られたものの、運用を始めて以降、対象を日本人と限定していなかったため、2024年度には外国人留学生が4割を占めるようになっていました。そこで文部科学省は、元々の趣旨に戻そうと、去年10月から制度の見直しについて検討していたといいます。

 そうしたなか、一部の議員が国会でこの問題を取り上げるようになりました。

「国民生活が厳しさを増す中、日本の学生を支援する原則を明確に打ち出し、極めて優秀な各国の留学生をごくごく一部に限定する制度にしなければ、とてもや国民の理解は得られない」
自民党の有村治子参院議員
(参議院・外交防衛委員会 3月24日) 

自民党の有村治子参院議員

「これは一体誰のための制度なのか」 
 日本維新の会の西田薫衆院議員
(衆議院・文部科学委員会 4月2日)

日本維新の会の西田薫衆院議員

「外国人の方に支援しているというのは、日本の予算の使い方としてどうなのか」
 参政党代表の神谷宗幣参院議員
(参議院・財政金融委員会 6月10日)

参政党代表の神谷宗幣参院議員

 私たちの取材に対し文科省の担当者は、「外国人留学生を優遇という事実はなく、あくまでフラットに、応募してきた方を対象に事業を行ってきた」「外国人留学生に生活費部分を支給しない方針を決めたのは、元々の制度趣旨を再確認しただけです」と話し、「外国人優遇」という選挙演説のなかでこの制度が例示されたことについては、「事実に基づいた知識を持ってほしい」としています。

 しかし、この参院選では、他の政党からも外国人を排斥するような訴えが頻繁に聞かれるとともに、他の外国人をめぐる制度の見直しに関する動きが相次ぎました。 

 公明党は、参院選の公約に外国人関連の政策を追加。外国の運転免許を日本の免許に切り替える「外免切り替え」制度の厳格化などを盛り込みました。

公明党公式サイト「政策・提言」より

 政府も15日、「外国人との秩序ある共生社会推進室」を新たに設置。石破茂総理大臣は、「一部の外国人による犯罪や迷惑行為、各種制度の不適切な利用など、国民が不安や不公平を感じる状況も生じている。ルールを守らない人たちへの厳格な対応や、外国人をめぐる現下の情勢に十分に対応できていない制度や施策の見直しは重要な課題」と述べました。

石破茂総理大臣

「的」とされた当事者の声は

 当事者はいま、どんな気持ちでいるのでしょうか。札幌で暮らす中国人女性(31)を取材しました。

 女性は去年9月に北大大学院博士課程に入学しました。ジェンダーの視点を用いた人材育成について研究しています。西日本の国立大大学院で修士課程を修了し、いったん帰国。中国の企業で働きましたが、研究を極めたいと再来日しました。学費の一部は奨学金から支給されていますが、生活費は会社員時代に蓄えた貯金を切り崩し、アルバイトをしながら工面しています。今年5月に文部科学省の「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」に申請をした後、2027年度から支給対象に留学生が含まれなくなると知りました。

 「ショックでした。支給がなくなれば、とたんに生活は苦しくなる。研究を続けられるか分からない」

 最近SNSで「外国人が優遇されている」という発信を見るたびに「事実と違う」と感じるといいます。「研究の成果は日本社会に還元されるものだと思う。こんなことを続けていれば、日本に留学する外国人が減ってしまうのに」と語気を強めました。

これまでもあった でもその「超え方」がより堂々と

 誰かをスケープゴートにする政治家の言葉や政策は、これまでもありました。ただ今回の選挙戦ほど、差別的な言葉が堂々と、繰り返し語られたことがあったでしょうか。

 東北で暮らす女性は、こう指摘します。「ヤバい発言をする人は今までもいたけど、ちゃんと『ヤバい扱い』されていた。でも今は、ヤバイ発言に堂々と同意する人がたくさん出てきている感じがして、本当に怖い」

 別の女性は「『言っても良いこと』のようにヘイトが飛び交っている現状がつらい」と語りました。

 人権侵害は「今までもあった」。けれどそれを「やっても良いこと」にしたのが、差別と排外主義を掲げる政党への「支持の広がり」ではないでしょうか。

 メディアの中にはこれまでの選挙報道の在り方を変え、選挙期間中であっても差別的な言説を踏み込んで批判する動きが生まれました。「踏み越えてはならない一線」への危機意識は、広がってきています。

「結局、最後は誰が残るの?という社会に」

 7月上旬、参政党の神谷宗幣代表の演説内容に抗議するデモが全国各地で行われました。

 7月12日には、岩手県盛岡市でも十数人の女性たちがスタンディングデモをしました。

 主催した20代のAさんが掲げたメッセージは「#差別に投票しない」。Aさんは「怒っている人がいるということを見せたかった」と語りました。

 「日本人ファーストだといわれて外国人がいなくなって、女の人には子どもを産ませようとし、弱い立場の人はどんどん切り捨てられ、結局最後は、誰が残るの?という社会になるような気がしています」(Aさん)

 Aさんはこれまでも地元の仲間と一緒にデモをしたり、必要とする政策について議会に働きかけたりしてきました。しかし今回のデモは、なにか攻撃を受けるかもしれないという「怖さ」を感じたといいます。

 差別を公約に掲げる政党への支持の広がりは、差別に反対するという小さな意思表示すら、難しくさせているのかもしれません。

 「日本人ファースト」を掲げる参政党の神谷代表は、今回の参院選で「外国人」「LGBT」と当事者を名指しでおとしめる発言を繰り返しています。これは「日本人か外国人か」「性的マジョリティかマイノリティか」と人々を属性で分断し、排除しようとするヘイトスピーチそのものではないでしょうか。

 憎悪と分断には「ここで終わり」ということがありません。憎悪と分断を生んだ原因を一つ一つ時間をかけて解きほぐさない限り、また新たな分断が始まります。標的が変わっていくだけです。

 一人ひとりの個人が尊重される社会を目指すのか。そうではなく誰かを差別・排除し、国のためにと、個人の存在が軽視される社会を目指すのか。「日本人ファースト」などの言葉の裏に隠れているのは、その分かれ道です。

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