特別国会が閉会し、太平洋戦争中の本土空襲や沖縄戦によって心身に障害を負った民間人への補償を定めた「空襲被害者救済法案」が審議未了で廃案になりました。法案は救済立法をめざす野党7党の共同提案で7月8日に参議院に上程。同種の法案が国会に上程されるのは38年ぶりでしたが、与野党対立で議会が空転する中、議論は進みませんでした。廃案の見通しを受けて全国空襲被害者連絡協議会 (全国空襲連)が24日夕、都内で会見を開きました。
太平洋戦争の日本人の民間人死者80万人
法案の内容は空襲や地上戦により心身に障害を負った存命中の民間人に1人一律50万円を支給するというもの。日中戦争開戦(1937年)から太平洋戦争の終結(1945年)までの日本人の死者は310万人。そのうち80万人が民間人です。米軍機の本土空襲により亡くなった人は50万人を数えます。しかし一部の被害者を除き、被害への補償はなされていません。
東京大空襲で母と弟2人を亡くした河合節子さん(87)は「やっと入口にたどり着いたと思ったがその扉はまた閉ざされてしまった」と噛みしめるように話し、うつむいて涙をこぼしました。救済法では遺族は対象外ですが、河合さんらは立法により空襲被害の実態調査が進むことに期待をかけていました。
民間空襲被害者への補償をめぐっては、1988年にかけて社会党など野党から戦時災害援護法案が14回、提出されましたが、いずれも廃案に。その後、被害者らは国に賠償を求めて提訴。しかし、在外財産の補償をめぐる1968年最高裁判決の「受忍論(国家の非常時である戦争では、国民は戦禍の被害を等しく受忍すべき)」や、旧憲法下の「国家無答責」を理由に、住民側が相次いで敗訴し、立法に望みを託していました。
2015年、自民党の村上正邦参院議員らが発起人となり超党派の議員連盟(空襲議連)が結成されました。昨年も戦後80年の節目に向け補償法制定の動きがありましたが、与党内や厚労省からの反発があり、法案提出は見送られました。

国会空転 全く議論しないまま廃案に
今回は議連の野党8党会派が参議院に法案を提出、厚生労働委員会への付託を求めました。会見で全国空襲連の事務局長を務める黒岩哲彦弁護士は「意見が根本的に異なる8党会派が一緒にやったことに可能性も感じた」と話しました。全国空襲連はせめて継続審議になるようにと、国会会期中に議員会館を回って自民党議員らに働きかけを続けましたが、叶いませんでした。黒岩弁護士は「議論を闘わせることすら叶わなかったのは残念だ」と肩を落としました。
民間戦争被害の補償を実現する沖縄県民の会の瑞慶山(ずけやま)茂・顧問弁護団長は「沖縄戦、南洋戦をめぐる国賠訴訟では、戦争による民間人のPTSD(心的外傷後ストレス障害)が広く認められた。しかし、法律が制定されていないので、救済されない。法の制定は立法府の責任だ」と訴えました。
沖縄戦訴訟では原告79人中43人(認定率54%)、南洋戦訴訟では原告45人中28人(認定率62%)に、戦争PTSDが認められました。PTSDの影響は、戦後も家庭内暴力など世代間を超えて深刻な被害として引き継がれました。PTSDは過去のことではなく、米軍の演習や戦闘機の飛来などで記憶が呼び起こされ、再発・悪化する例が後を絶たないそうです。
「ウクライナやガザで民間人の戦争PTSDが報道されている現在、広く市民の共感を得られるのではないか」と瑞慶山さんはいいます。

軍拡を進めるなら補償もセットで
空襲被害者の高齢化が進む中、全国空襲連は次の国会にも同様の法案を提出し、今度こそ審議を、と求めています。
黒岩弁護士は「(廃案は)国民に幅広く理解を広げることができなかったからだろうと思う。法制定には、一からやり直すという決断をしなければ大変困難だろう」との見通しを示しました。
軍拡が進む中、先の大戦の民間人被害に対する補償のハードルはむしろ上がっているように見えます。河合さんは戦時中の戦時災害保護法(1942年制定、軍事立法であるとしてGHQが1946年に廃止)を例に挙げ、「軍拡を進めるのなら、補償もセットで議論してほしい。受忍論で切り捨てられる状況が続けば、これからの戦争による民間人被害も、戦争だから仕方がない、前の世代は我慢したと言われてしまいかねない。次世代に大きな問題を送ってはならないと思う」と力を込めました。「民間人への被害補償が戦争費用の中に組み込まれることで、滅多に戦争できないという抑止力にもなるのではないか」との期待も寄せました。
戦後、軍人・軍属の戦没者の遺族(子や父母、きょうだい、孫ら)には特別弔慰金が支払われてきました。昨年、増額する改正法が可決、成立しています。
河合さんは「基本的人権は平等であると思ってきたけれど、戦争の民間人被害は無視されていると思います。軍人・軍属であったという身分が、戦後の民主主義の時代になってからも生き続けている現状がある。それはやはりおかしいだろうと思う」と話しました。


