性的マイノリティが地方で働くということ

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地方で暮らす性的マイノリティならではの困難がある。どこにいても、人権が守られる社会になれば。

 地方で暮らす性的マイノリティは、就職活動や職場でどのような困難に直面しているのか。東北でのアンケート調査を基に考えるオンラインイベントが4月13日に行われました。調査から浮かび上がったのは、「男女」の性別二元論や異性愛を前提としたルールがあらゆる場面で当事者を縛り、ときに尊厳を傷つけている現実です。就労・キャリア支援を担う人が十分な研修機会を得られていない実態も明らかになりました。地域全体で考えなければならない課題があらためて可視化されました。詳報します。

 調査したのは多様な性をテーマに宮城県で活動する任意団体「にじいろCANVAS」。性的マイノリティの就労に関わる課題と困難を明らかにし、キャリア支援の在り方について改善を求めていくことを目的に2023年に実施しました。就業している、あるいは就業を希望している東北6県(青森、岩手、秋田、山形、宮城、福島)の当事者88人が回答(うち有効回答80人)。年齢層は10~70代で、20~40代が多くを占めています。就労支援に携わる人からの回答は37件でした。

 調査結果について、にじいろCANVASメンバーであり、東北大学大学院でジェンダー、セクシュアリティの社会学を研究している大森駿之介さんが講演しました。

非正規の割合が高いトランスジェンダー

 大森さんの解説を基に調査結果を見ていきます。

 回答した当事者のうち、シスジェンダー(シス=出生時に割り当てられた性別と性自認が同じ人)は48%、トランスジェンダー(トランス=出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる人)は52%とほぼ半々でした。しかしその就労状況には、くっきりと違いが表れていました。

 正規雇用で働く割合はシス男性が最も高く、続いてシス女性、次にトランス女性となり、最も低いのがトランス男性でした。

 反対に非正規雇用(有期)での就業率が最も高かったのはトランス男性。次いでトランス女性、シス女性、シス男性—という結果になりました。

 東北の性的マイノリティの中でも、トランスジェンダーがより不安定な雇用環境に置かれている傾向が浮き彫りになりました。

就活時の「性別二元論」「異性愛規範」

 「就職時や転職時に困難を経験した」という回答も、シスジェンダーは66%だったのに対し、トランスジェンダーは87%とトランスの割合がより高くなっていました。

 このうちシス女性が経験した困難では「異性愛を前提とした質問や対応をされる」「キャリアの見通しや人生設計を質問される」など、性的指向にかかわるものが多くなっています。

 一方、トランス女性やトランス男性が経験した困難では「エントリーシート、履歴書などに性別に関する記載が必要だった」「男性募集、女性募集など性別に関する記載があった」「スーツの着用など、選考に望む際の外見に関すること」「説明会など男女別で実施されるイベントがあった」など、性自認や性表現にかかわるものが多くなりました。

 大森さんは「性別二元論による性区分とそれに基づく就活のシステムによって、トランスジェンダーが多くの困難を抱えていることが明らかになった」と語ります。

「結婚、出産の予定はあるか」

 回答者からは就職・転職時に遭遇したさまざまな困難の事例が寄せられました。

大学で男女別の就活講座があり、それを「女子」として受講しなければならなかったことが非常に苦痛でした

面接時、性別欄の記載について「任意」と書かれていたものもあった。しかし性別を記載しないことが面接結果に影響するのではないかとプレッシャーを感じ、性別を記載することにした。本当は記載したくなかった

面接時に「人はみな、実家を出て生計を立て結婚する時が来る」など、結婚する以外の生き方を全否定するかのようなことを言われた

(異性愛者として)結婚、子どもをつくる予定はあるかと聞かれた

面接練習の時、セクシュアルマイノリティに関する活動をしていた理由を聞かれたので、自分のセクシュアリティを隠さず話してみたら「そういった話(自分のセクシュアリティに関する話)はしないほうがよいと言われた

アウティング(暴露)をされた。地方で人間関係が狭いため、広まってしまうことが心配

女性の賃金や仕事が共働きを前提としたものが多く、死ぬまで一人で生活が維持できるか不安があった

参考にした就活本には「セクマイ就活生の体験談」はなく、ロールモデルがいなかった

企業のホームページの採用情報にある「LGBTに関する企業の姿勢」が好印象だったことを面接時に伝え、自分のセクシュアリティを開示したところ、面接官に怪訝そうな顔をされて怖くなった

 このように面接に至るまでの間、当事者は「男・女」という性別二元論に基づく採用システムや、異性愛中心的なライフコースを押し付けるような場面に、多々遭遇していることが明らかになりました。

 「東北地方における特徴的な困難として、ロールモデルが身近にいないことがあります。また本社が大都市にある大手企業がLGBTQフレンドリーを強調していたとしても、その地方支店やそこで働く従業員にまで意識が浸透していない、反映されていない、といった事例も見られました」(大森さん)

 ではこのような困難に突き当たったとき、当事者は誰に相談しているのでしょうか。

 調査結果からは、年代ごとの特徴が浮かび上がりました。転職や就職の際、自身のセクシュアリティに関して悩んだときの相談相手として「家族」を挙げる人は年代が高くなるにつれて増えますが、20代だと1割に達しませんでした。20、30代の当事者の相談相手としては「性的マイノリティの友人」や「性的マイノリティではない友人」「セクマイ団体」が多くを占めました。

 また、困りごとはあるが相談しないという回答も20、30代でそれぞれ1割ほど見られました。

LGBTQについて学んだことがない支援者も

 当事者の就活やキャリアを支援している現場の実態はどうなっているのでしょうか。

 まずキャリア(就労)相談・支援を行う場所として多いのは、大学のキャリアセンターなどの「教育機関」(41%)。これに「障がい福祉サービス」(24%)、「NPO/任意団体」(16%)が続きます。

 支援者の「キャリア支援の経験年数」は「5年以上10年未満」「10年以上20年未満」という中堅・ベテラン層が合わせて6割ほどを占めました。次に「1年未満」(19%)、「1年以上5年未満」(13%)という結果でした。

 このうち「LGBTQの支援経験がある」「支援経験がない」はそれぞれ43%で半々となりました。気がかりだったのが「LGBTQに関して学んだことがない」という支援者が少なくないことです。

 「LGBTQに関して学んだことがない」という人は、経験年数20年以上だと3%にとどまるのに対し、「5年以上10年未満」は16%、「1年未満」は14%。「個人的に研修を受けに行った」「資格養成機関で学んだ」という人は各層で3~8%ずついましたが、学ぶ機会が十分とは言えない状況が浮かび上がりました。

セクシュアリティは「当事者が伝えて当然」?

 もう一つ気がかりだったのが、支援中の当事者からの「カムアウト」(※自分のセクシュアリティについて打ち明けること)についてです。

 「なぜ当事者は、あなた(支援者)にカムアウトしたと思うか」との問いに対して「信頼関係の構築があったから」といった回答のほかに「就労を目指すうえで現在の生活環境を把握する必要があったので、質問に答える形で(当事者からセクシュアリティを)伝えてもらった」といった回答がありました。

 これについて大森さんは「伝えやすい環境をつくるのは大切だけれど『就労支援において、セクシュアリティに関するニーズは当事者側から当然伝えられるものであって支援側は知っておく必要がある』と位置づけられていることには、やや危険性を感じる。セクシュアリティを伝えられない当事者はどうするのか、という検討も必要ではないか」と話します。

支援者の「普通」が基準になっていないか

 性的マイノリティの就労支援に携わった経験がある支援者の「自己評価」では「十分適切な支援ができた時とできなかった時がある」が44%と最多。一方「十分適切な支援ができた」は25%、「十分適切な支援ができなかった」は12%でした。

 「LGBTQへの就労・キャリア支援が円滑に行われるために必要だと思うことを尋ねたところ『知識の充実や研修、マニュアル作成』『社会での啓発活動』だけでなく『ほかの利用者と同じ対応で、特別扱いすることのない対応を心掛ける』というものもあった。しかし『特別扱いすることのない対応』というのは、支援者の『普通』を基に当事者への対応を考えていくことでもあるので、バイアスがかかり、当事者の人権を侵害することも考えられる。やはり深い研修やロールプレイングなどを通して学ぶ機会が大切だと考えている」と大森さん。今回の結果を踏まえ、東北全体で継続的に調査していく必要性にも触れました。

学校、家庭…子どもの頃から続く困難

 大森さんに続き、LGBTQのキャリア支援に取り組む認定NPO法人「ReBit」代表理事の藥師実芳(みか)さんが話題提供しました。

 藥師さんはまず、当事者の困難が子どものころから積み重なっていく現実をデータによって可視化しました。

 「学齢期には当事者の7割が学校で困難を経験し、6割がいじめを経験していて、学校が安全ではない。では家庭はどうかというと保護者との関係で9割が困難を経験しており、家も安全ではない。学校も家も安全ではなく、地域にも居場所がない、そういった中で相談できる場もないために、LGBTQ当事者は孤独や孤立、自死におけるハイリスク層になっています」

医療・福祉、セーフティネットからの断絶も

 このような経験を積み重ねながら大人になり、「働く」という選択をしようとするとき、当事者はどのような困難に突き当たるのでしょうか。藥師さんは「就活や就労でも困難を経験し、それによって失業や精神障害、困窮など生活上のリスクが高くなっていきます。一方、医療や福祉を安全に使えないという現実もあり、セーフティネットからこぼれ落ちることで、自死の念慮が高くなっている」と話します。

 ReBitの調査によると、LGBTQの7割が医療を利用する際にハラスメントを経験。このためトランスジェンダーの4割は体調不良であっても病院に行けなくなったと答えています。ハラスメントが「受診控え」につながることで「当事者は医療や福祉から断絶されてしまう」と藥師さんはいいます。

 法制度の不備もあります。「日本では同性同士が婚姻できないため、実際には家族として暮らしている同性パートナーやその子どもたちが家族として扱われず、暮らしのセーフティネットから抜け落ちやすい。ここでも孤独や孤立、生活困窮、精神障害などにおけるハイリスク層になっているのが、LGBTQの実態です」

「帰れ」と面接を打ち切られる

 就活時の困難について、藥師さんは自身の経験を交えながら語りました。

 「トランスジェンダーの87%、およそ9割が新卒就活のときに困難を経験しているといいます。私の経験でもありますが、面接時にトランスジェンダーであることを伝えると『帰れ』といって面接を打ち切られたり、あるいは多くの役員が並んだ最終面接で『子どもを産めるんですか』と聞かれたりしました。このようなことを面接の場で聞くのはハラスメントであるし、公正な採用選考とは言えません」

安全に相談できる場所がない

 藥師さんによると、このようにさまざまな困難を経験しながらも、当事者の96%はセクシュアリティに関する悩み事をキャリア支援機関に相談できていないと言います。

 理由は安全に、安心して相談できないからです。例えば「就活時に学校のキャリアセンターに行ったものの、セクシュアリティについて相談していいのか分からなかった」「キャリアセンターでセクシュアリティについて相談したところ、それを言いふらされて、学校に通えなくなった」というケースもあるといいます。

「就活も就職も諦めていた」

 「東北での調査結果にもあったように、小さいころからロールモデルの姿がなかなか見えない。当事者からは『自分には働けないんじゃないか』『どうせ就活もできないだろうと最初から諦めていた』といった声が寄せられています」

 また就活時には服装や持ち物、マナーなどあらゆるところで男女別に分けられ、性別二元論に基づく規範を強制的に当てはめられたという声もあります。

「男女」「異性愛」前提の声かけ

 厚生労働省の調査によると、トランスジェンダーの半数以上が就労後も困難を経験しています(※https://www.mhlw.go.jp/content/000625160.pdf178P)。

 藥師さんは「困難の背景として、トランスジェンダーがハラスメントを受けやすいという現実があります。9割のLGBTQが職場でカミングアウトしていないという調査結果がありますが、言わなければ安全というわけではありません。『彼女はつくらないのか』『結婚はしないのか』などLGBTQではないことを前提に声かけをされ、ハラスメントが生じてしまう。ではカミングアウトすればいいのかというと、職場の相談窓口に相談したら言いふらされたとか、昇進に影響したとか、カミングアウトからハラスメントが始まって辞めなければならなくなった―という事例もあります」と語ります。

職場でのハラスメント防止策について記した労働局のリーフレット

職場の福利厚生からこぼれ落ちる

 職場の福利厚生は法的な「夫婦」「家族」が対象となり、同性パートナーを対象としないところがまだまだあります。戸籍の性別を変えていないトランスジェンダーの当事者が働くにあたっては、会社のサポートが欠かせません。

 「たとえば名刺の名前や服装はどうすればいいのか、トイレや更衣室は使えるのかなど、職場に相談しながらさまざまなサポートを受けなければ、当事者が働き続けることは困難です」

 就活や就労におけるこのようなハイリスクに加え、社会全体の差別や困難もあって、性的マイノリティは精神障害や生活困窮に直面しやすくなる、と藥師さんは指摘します。

支援者の9割「十分な支援ができなかった」

 暮らしにおいて当事者がさまざまな困難を抱える一方、その支援には大きな課題があります。

 ReBitの調査によると、LGBTQの支援をしたことがある支援者のうち「十分/適切な支援ができなかった」と感じた経験がある人は9割近くに上りました。

 「背景はさまざまですが、たとえば福祉の三大国家資格(社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士)を保有する人のうち、養成課程でLGBTQ支援について学んだ経験がある人は12・3%にとどまっています。また教員のうち養成課程でLGBTQについて学んだ人は13%。このような学ぶ機会の少なさは、個人の課題ではなく仕組みの課題だと思います」

インクルーシブな支援、制度を

 藥師さんは今後必要なこととして「LGBTQへの専門性が高い支援者の登用や研修、不要な性別欄の撤廃などを通して、当事者が既存の就労支援を安全に利用できる仕組みをつくること」と「同性パートナーやトランスジェンダーなどを包摂した人事制度、社内研修を通して、当事者が安全に働ける職場の仕組みをつくること」を提言しました。

地元を離れたくないのに

 引き続き大森さん、藥師さん、進行役の濱田すみれさんによるディスカッションが行われました。

 大森さんは、LGBTQに関する意識が地方ではまだまだ深まっていない現実に言及しました。
 「プライド指標(職場でのLGBTQに関する取り組みを評価する指標)が高い企業は確かにありますが、地方では限られています。『自分は地元を離れたくない』と考える当事者がプライド指標の高い首都圏企業の東北支店や子会社の採用に応募し、自分のセクシュアリティをカムアウトしたところ地元の支店で『そんな(LGBTQに関する)取り組み、うちでやってましたっけ?』などと言われ、望みを絶たれてしまうような現実もあります」

 藥師さんは「職場はフレンドリーなんだけど、じゃあ地元はフレンドリーなのかというと違う場合もある。地域で自分らしく生きていくには、職場だけでなく地域との関係性も大事なので、難しいのかな」と投げかけました。

連鎖的に個人情報がオープンになってしまう

 大森さんは地方ならではの「コミュニティの狭さ、人間関係の近さ」がもたらす危うさにも触れました。

 「たとえば当事者の学生の就活を支援する中で、何か一つの問題を解決しようとすると、それをきっかけに個人情報が連鎖的にオープンになってしまうことがある。『私はこの場面ではセクシュアリティをカミングアウトしますが、それ以外の人には知られたくないので別の場面では言いません』というゾーニング(zoning=区分)を選択することが、地方だと結構難しい。ある場所で自分のニーズを把握してほしくてカミングアウトしたら地域や家族など望まないところにまでセクシュアリティに関する情報が流れてしまうということがあります」

 地域とのつながりで自営業をしているケースだと「職場」と「プライベート」を明確に分けにくいということも生じます。「職場と地域が切り離せないような状況の中で『うまくやっていかなければいけない』という思いから、ほかの人には自分のセクシュアリティは言えないとなることもあります」(大森さん)。住んでいる地域の姿や人々の意識によって、当事者の暮らしやすさが大きく左右されるのです。

近年、東北6県で行われるようになったプライドパレード。各県の当事者やアライが意見を交わし交流する場にもなっています(2023年11月、福島市)

どこで暮らし、どこで働いたとしても

 LGBTQという言葉を知っている人や「プライド指標」を掲げる企業は年々増えています。しかしそれが身近なところまで、あるいは深いところまで浸透しているかというと、そうではない現実があります。

 藥師さんは「当事者が働きやすくなったか、生活実感の半径5mとか10mが変わったかというと、すべからくそうではない。たまたま良い上司に巡り会えた、良い人事担当に巡り会えたというパーセンテージは増えているけれど100%ではありません。そう考えると働く場所とか暮らす場所を選べるのは限られた人だなと思います」

 親が高齢になったなど何らかのきっかけで、一度は離れた地元に戻ることもあり得ます。藥師さんは「生活保護や障害福祉サービスなどの福祉制度は、住む地域に紐づいています。その地域で出会える支援者がアライ(ally=理解者)かどうか、その地域がどういう状況かは、当事者の命を左右する切実な問題といってもいい。だから『理解者が半数は必要だよね』とか『8割くらいになればいいね』ではなく、100%になるまでやり続ける必要がある。社会全体で考えていかなければならないと思っています」と強調しました。

【このオンラインイベントは「ソーシャル・ジャスティス基金」が主催しました】


 

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