7月7日の投開票日に向け、都政の課題についてお伝えする「シリーズ都知事選」。今回は、東京都の再開発に伴う自然や文化の破壊の問題についてです。住民が知らない間に計画が進んだり、住民との約束を無視したりして、東京都内の自然と共存する街並みが次々と姿を変えようとしています。明治神宮外苑(渋谷区)、都立葛西臨海公園(江戸川区)で市民の反対運動が巻き起こる中、千代田区のオフィス街にあり都心のオアシスとして親しまれている「都立日比谷公園」もその一つ。再開発に反対するオンライン署名が始まり、2万5174筆(2024年7月1日現在)が集まっています。再開発工事に不透明な部分があるとして、都政に対し、市民たちは厳しい目を向けています。
公園って誰のもの?
「公園って誰のものなんだ、と。一番基本的なことだと思います。公園って、誰のものなんですかって。市民の市民による市民のための公園だというふうに思っています」
6月30日曇り空の午後、帝国ホテルを前にした日比谷公園の「玄関」である日比谷門の近くで、高橋康夫さんが公園の見学客に訴えました。高橋さんは「日比谷公園の歴史と文化をこよなく愛する会」の共同代表で、日本庭園協会の相談役でもあります。
「民間活力の導入」「日比谷公園の官民連携」の名の下に、日比谷公園と周辺ビルを合わせた再開発計画が作られました。昨年9月から公園内の最初の工事が始まったところで、9エリアに分け、10年かけて公園内の再整備が進められることになっています。計画では、車が行き交う日比谷通りを挟んで向き合うビルの上階テラスから公園敷地に対して、通りを跨ぐようにデッキ2基をかけるとしています。デッキはビル側が建設し、完成後のデッキの管理は東京都が行うことになっています。
公園と周辺の一体利用
再開発の発端は、2013年の都市計画に遡ります。その2年後には公園と向かい合う「日比谷三井タワー」(東京ミッドタウン日比谷)の建設が始まりました。ビルは18年3月に開業。その時点でビル側には、公園とデッキで結ぶ予定のテラス部分が完成していました。
一方、公園側では、同じ年の5月に、デッキの接続部分にあった飲食店が廃止され、9月に更地になりました。12月に公園と周辺ビルの一体利用をうたう東京都のグランドデザインが発表されました。しかし、この段階では、デッキ設置については具体的に触れられていませんでした。デッキ設置を盛り込んだ都の再整備計画が策定されたのは2年半後の21年7月。最新の整備計画が示されている「バリアフリー日比谷公園プロジェクト」が公表されたのは23年7月でした。
東京都の資料や都の公園緑地部企画担当課への取材で判明した概要は以下の通りです。日比谷門近くの「第二花壇」周辺は12億円かけて「芝庭広場」として平坦に作り替え、キッチンカーなどを入れるイベントができるようにします。公園のシンボルである「大噴水」も整備し、明治時代から洋楽を提供する場として利用されてきた小音楽堂についても、バリアフリー化を進めることになっています。
見えない重大決定に不信感
高橋さんらは、公共財である公園を大きく変更する計画について、東京都が十分な説明をせず、余裕を持った住民のチェックの機会を与えず、業者が一体となって、再開発を進めていることを問題視しています。
高橋さんらは、デッキの設置計画が決定する前に、デッキの接続部となるビル側のテラスが完成し、公園側の敷地が更地になっていることに注目。住民から見えにくいところで、重大な意思決定がなされていたのではないかと不信感を募らせているのです。
「誰がそれ(デッキ設置)を決めたんでしょうか? それを決めちゃって(建設計画が)動いているから、日比谷公園を変えなければいけないってことになってしまったんですよ。そういうことが許されていいんでしょうか? 日比谷公園は市民の財産ですよね。それが、なぜそんなことされちゃうんだろうかって。総合的で、初歩的な疑問です」(高橋さん)
誰が、計画より先にデッキ設置を決めたのでしょう?
東京都公園緑地部企画担当課に取材すると、担当者は「計画より先にデッキが掛かるということは決まっていない」と答えました。
「住民説明会開く予定ない」
事業について住民の意見を募るパブリックコメントはグランドデザイン(18年)と再生整備計画(21年)の策定時に実施しています。しかし、同課によると、これまでも計画についての住民説明会は開いていませんし、今後も特に開く予定はないそうです。
利用者への説明としては、昨年8月に3日間、公園内にテントを設置し、オープンハウスという名前で、バリアーフリープロジェクトの全体概要を展示・説明したといいます。
今年度に着工予定の小音楽堂や大噴水の工事については、現在設計中で、工事費用はまだ明らかになっていません。都はこの工事についても説明はオープンハウスで行うだけで、住民説明会は予定していません。
9億円超えない工事は議会説明なし
公共事業について、住民の意見を反映する方法には、住民説明会やパブリックコメントのほかに、議会によるチェックがあります。同課によると、第二花壇については、昨年度の都議会環境建設委員会で予算のみを提示し、議決されたそうです。都は議会に対し、「工事の中身」は説明してないのです。都は全体について、再整備計画を出した時点で、議会での説明を行なったと言います。
都の条例に基づき、都議会で扱う議題として取り扱う工事については支出金額の基準があります。その額は9億円です。同課によると、日比谷公園の再整備については、工事ごとに設計し、予算を出す仕組みになっているといいます。第二花壇については、全体では12億円、個別の工事が9億円という基準を下回る金額だったので、説明をしなかったということになります。10年かかって整備していく全9エリアの総工費について尋ねたところ、都はエリアごとに施工費を算定し積み上げていくやり方のため、現時点で不明のため、回答しませんでした。
細切れの工事は議会で盲点に
つまり、一つの工事について費用が9億円を超えないと設計などの中身ついては、議会で説明対象にならないのです。9億円を下回る個々の工事は議題になりにくく、盲点になりやすいのです。
積極的に東京都が住民に周知したり、住民が調べたりしないと、公園計画については、住民が情報に届きづらい状況にあることがわかります。
「(住民の)声を聞かないで、どんどんどんどんいっちゃうんですよ。こういうことって許されます? おかしいですよね。そこが多分私は一番気になるところなんですよ。再開発を否定しているわけではないんですよ。そうじゃなくて日比谷公園を勝手に巻き込まないでよ、と。その歴史を大事にしようと、森を大事にしてよと、その一念だけです。そこを何とかしたいなということなんです」(高橋さん)
今後、テニスコートや子どもたちが遊ぶ草地広場、その周辺を含めて芝生を植えて作る「大芝生広場」の設置が予定されています。敷地内の工事区域以外にも工事用車両を入れるために、園内の売店が立ち退きを求められています。
「樹木伐採の恐れ」拭えず
また、「日比谷公園の歴史と文化をこよなく愛する会」のメンバーらは、これらの工事に伴い、多くの樹木を伐採する恐れを抱いています。また伐採や移植の影響で、自然界の多様性が奪われることにも異議を唱えています。実際に第二花壇のバラは今後壊されるテニスコート脇に植え替えられ、以前より元気のない状態だと心配しています。バラ以外にも今回の工事の前に、すでに一気に多くの樹木が伐採されてしまったエリアもあることなどから、さらなる伐採の恐れが拭えないといいます。
再び都に説明を聞きました。
その回答によると、「これまで受け継いできた公園の緑を守っていく」という理念の下、樹木診断を行った上、基本的には伐採はせず、元からある木を避けて再整備するか、公園内で移植する方針だということです。
公園にはイチョウやクスノキ、プラタナス、スダジイなど様々な樹々が生い茂り、程よい間をとって、夏の日差しを防ぎ、緑の癒しを人々に与えてくれています。樹齢100年を超える大木もあり、園内のイチョウ並木は都内でも屈指のものと言われています。同会メンバーは、工事車両を通す際に邪魔になってくる樹木を移植するのみならず、伐採しないかどうかについても、神経を尖らせています。
緑守る政策と矛盾
同会に設立時から参加する「街路樹を守る会」の愛みち子さんは、これまでの東京都の公園や緑の保存のあり方に逆行しているとして、今回の再開発計画における樹木に対する考え方について批判しています。
「この樹々の間隔があって、枝が重なりながら日差しを遮る『樹冠』が保たれます。晴れの日は強い日差しを遮り、雨を凌ぐことができます。温暖化が進んで、政府や都が緑を守ろうとしている政策と矛盾している。広い芝生を作るために、樹々の程よい間隔を無視して、単に植え替えればいい、木の本数を揃えればいいというものではないのです」
また、愛さんは、草花に対する雑な扱いついても疑問を投げかけます。
「私たちが声を上げ、第二花壇で育てられていたバラは伐採されずに、テニスコート脇の敷地に移植されました。しかし、以前より敷地が狭く、豊かに育つには十分な間隔が取れているとは言えません。今後工事が進み、さらに別の場所に移植される恐れもあります」
また、壊される不安は自然だけにとどまりません。同会は、再開発が戦後に都民が作り保護してきた文化財としての公園の価値を損ねると指摘しています。
レガシー、文化が壊れる
日比谷公園は、幕末まで大名屋敷、明治以降からは陸軍練兵所として使用されていた場所で、首都東京にふさわしい近代的な公園の誕生が望まれる中、1903年に日本最初の洋風近代公園として、造成されました。
「レガシー、文化財である日比谷公園という唯一無二の公園を壊していいのだろうか」(高橋さん)
バリアフリープロジェクトについては公園内の施設の改変にも及んでいます。その一つが小音楽堂です。
日比谷公園や上野恩賜公園の管理所長を務めるなど、長年都立公園で働いていた元都職員で、同会共同代表の髙橋裕一さんも危機感を募らせています。
「この(音楽堂の)周りにある石垣なんかも、ちょっとどういうふうになるのか全然わからない。大名屋敷時代に残った石を見つけ、みんな運んで、園内にちりばめています。その貴重なものが、都の計画では、どうなるのかがさっぱり見えてこない」
小音楽堂は、ランチタイムに警視庁や消防庁の音楽隊が無料でコンサートが開かれるなど、多くの人が利用しています。また、音楽堂自体が、「ビスタ」という眺望を意識した設計になっており、ステージの奥に見える大噴水、第二花壇、日比谷公会堂までの「奥行きのある眺め」を楽しめる作りになっています。
小音楽堂は一段高い位置に設置されていますが、すでにスロープがあり、車椅子でも観客席に上がれるようになっています。
それでもバリアフリーという名目で再整備する意義について、都は「他より高いところにあって、閉鎖的。段差や柵をなくして、よりみんなに使ってもらえるようにしたい」と説明。そして、今後もビスタを意識した設計にすることになっているといいます。
災害時の影響も危惧
防災面での心配もあります。日比谷公園の歴史と文化をこよなく愛する会は、災害時にデッキが損傷すると、緊急輸送道路である日比谷通りを塞いでしまう恐れがある、と心配しています。導線への影響が出ることも危惧しています。また、第二花壇が芝生広場になって、キッチンカーなどイベントを行うことは公園内での商売を禁止した都立公園条例違反する、とも指摘しています。
高橋さんは、日比谷通り側の公園に隣接する歩道で、その歩道を覆うように設えられた藤棚の下を歩きながら話しました。
「ここは緑化道路といわれるところです。公園と道路の歩道を一体にして、広くして、歩きやすくして、そこに普通の街路樹では考えられない規模で、緑をたくさん植えたんですよ。その第1号がここなんです。ある時期の東京都の行政は、緑をすごく大事にしていたんですね」
ある時期の東京都と現在の東京都。何がどう、変わってしまったのでしょうか。
東京都内では、樹木を伐採する再開発や道路整備が後を断ちません。この問題について、生活ニュースコモンズは、東京都知事選の主要な候補者にアンケートで見解を尋ねました。その結果はこちらです。
東京都知事選の重要争点である都市開発問題について、千代田区内の神田警察通りのイチョウ並木の伐採や築地移転問題についても記事を掲載します。