国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)の日本審査が10月、スイス・ジュネーブで開かれます。日本審査は2016年以来、8年ぶり。選択的夫婦別姓、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(SRHR=性と生殖の自己決定権)の分野で活動するNGO8団体が24日、日本社会のジェンダー不平等を改める勧告を求め、東京都内で訴えました。
CEDAWの勧告が法改正を促す
記者会見には専門家コメンテーターとして、弁護士の林陽子さんが出席しました。林さんは2008〜18年、CEDAWの委員を務め、前回2016年の日本審査時は委員長でした。
林さんは「これまでもCEDAWの審査・勧告により、日本の法令が改正されてきた例が多数ある」と話しました。
家族法(民法)では、再婚禁止期間の廃止、婚姻年齢の男女同一化、婚外子差別の廃止。刑法では性犯罪規定が改められ、強姦罪が不同意性交罪に変わりました。今年7月3日の、旧優生保護法は違憲であるとの最高裁判決は、理由の中でCEDAWの勧告に触れています。
林さんは8年ぶりの日本審査の争点として、選択的夫婦別姓、国内人権機関の創設、包括的反差別法の制定、選択議定書批准による個人通報制度の実現などを挙げ、「変えられない政治を変えていきましょう」と訴えました。
強制的夫婦同姓は女性差別撤廃条約に違反
選択的夫婦別姓の法制化を求める一般社団法人「あすには」の井田奈穂さんは、現在の民法が強制する夫婦同姓が女性差別撤廃条約の何条に違反するのかを列挙しました。
「結婚時に名字を変えるのは95%女性。性別によるいかなる分野の差別も禁じた第1条に違反しています」
「名字を変えるか、氏名を維持するかの権利は同等でなければならない。選択権の平等をうたった16条にも違反しています」
「家庭内の序列や性別役割の固定化を禁じた第5条aに違反」
「国際機関で性別によらず活躍する機会を定めた第8条に違反」
「職業選択、雇用、昇進において性別による不利益を受けないことを定めた第11条1のa〜cに違反」
「国だけでなく民間企業や個人も女性差別撤廃のための行動をとることを定めた第2条にのっとって、経済団体が選択的夫婦別姓の導入を提言しています」
日本は「名字を同一にする男女の法律婚カップル」にしか婚姻の効力やそれに伴う法的保障を認めていません。その結果、「枠の外にいる人は就労や教育を受ける権利まで脅かされている」と井田さん。選択的夫婦別姓が家父長制打破、ジェンダー平等の第一歩だからこそ、「宗教右派などから殺害やレイプ予告を含む嫌がらせを受けている」と明かしました。
SRHRについては5点の改善求める
公益財団法人ジョイセフなど8団体は9月、CEDAWに向け、市民社会レポート「日本における性と生殖に関する健康と権利」を取りまとめました。
提起された問題点は5点です。
1. 優生保護法に基づく強制不妊手術の被害への賠償
2. 包括的性教育の公教育への導入
3. 堕胎罪撤廃・母体保護法改正、安全な中絶、緊急避妊薬を含む避妊法へのアクセス
4. 性的指向及び性自認に基づく差別禁止法の制定、トランスジェンダーの人々のSRHRをめぐる諸課題、多様なジェンダーの人々が直面する差別
5. 婚姻の不平等(同性間の婚姻の法制化)
ジョイセフの草野洋美さんは、「日本政府は国際的には包括的なSRHRの推進を強く約束しながら、国内においては実現に様々な制約を設けています。CEDAWで、日本政府にSRHRに関する勧告が出されることを強く望んでいます」と話しました。
SRHRの各論についても、各団体から発表がありました。
結婚の自由をすべての人に
同性婚を含むすべての人の結婚の自由を求めるマリッジ・フォー・オール・ジャパンの松中権さんは、「G7メンバー国の中で同性カップルに法的保障を与えていないのは日本だけ」と指摘しました。婚姻は法定相続権、共同親権、税金の配偶者控除、社会保障制度における扶養制度、配偶者ビザなどの要件になっています。同性カップルはこのような法的効果を一切受けることができません。パートナーや子どもの医療にも関わることができません。
今年3月14日、札幌高裁判決は「同性間の婚姻を認めないことは違憲」としました。しかし、日本政府は「社会の根幹に関わる問題であり、国民的な議論が必要である」と法改正を棚上げしています。
LGBT理解増進法では不十分
性的指向や性自認等に基づく困難を解決するための法整備を目指して活動するLGBT法連合会の西山朗さんは、「性的マイノリティは不当な冗談、からかい、暴力を受けやすく、性暴力の体験率、自死未遂の経験率も高い」と数字を挙げながら実情を紹介しました。
2023年に制定された「LGBT理解増進法」では基本理念に「性的指向及びジェンダーアイデンティティーを理由とする不当な差別はあってはならない」と記しています。しかし、①差別禁止条項はなく、実効的な効果がない ②地方公共団体や事業主、学校に求められる取り組みは「努力義務」にとどまる——などの課題を残しています。
西山さんは「多様なセクシュアリティの人々に対する差別を解決するため、差別・ハラスメントの禁止、合理的配慮の義務化、報復の禁止などを含む差別禁止法の制定を求めます」と述べました。
性別変更の手術要件をなくして
トランスジェンダー当事者による「Tネット」の木本奏太さんは、女性差別撤廃条約が定める「自分の身体を自分のものとして生きる権利や、家族の在り方を自分で決める権利」について、「トランスジェンダーの人たちからはまだまだこの権利が奪われています。戸籍の性別を変えるためだけに離婚を強いられたり、未成年の子どもがいるだけで戸籍変更ができなかったりする当事者がいます」と話しました
Tネットが日本政府への勧告としてCEDAWに求めるのは性同一性障害特例法の改正です。法律上の性別変更にあたり、外科手術を要件としていることについて、最高裁や広島高裁判決は「違憲」と判断しましたが、法律は改正されていません。ほかに、ホルモン治療の保険適用や、トランスジェンダーの児童・生徒が安全に学べる環境づくり、医療アクセスの改善などを求めました。
117年前制定の堕胎罪、撤廃を
40年以上前からSRHRに取り組んできた女性団体「SOHSIREN 女(わたし)のからだから」は、刑法堕胎罪の撤廃と母体保護法の改正を求めています。
具体的には次の3点を挙げました。
- 母体保護法が定める中絶時の配偶者同意の撤廃
- 中絶の選択肢の多様化、費用の低減
- 不妊手術の要件の見直し(本人が希望していても複数の子どもがいる場合しか手術が受けられない)
SOSHIRENの大橋由香子さんは「堕胎罪制定から117年。女性が無権利状態だった時代にできた刑法と、女性の権利・健康のためのケアという視点がない母体保護法は早急に見直す必要があります」と話しました。
避妊薬や中絶薬へのアクセス改善を
避妊や中絶へのアクセス改善を求めて活動する「なんでないのプロジェクト」の福田和子さんは、日本では2023年に認可された経口中絶薬と、同年に薬局での試験的販売が始まった緊急避妊薬について提言しました。
経口中絶薬を提供できる医療機関は国内の産婦人科の3%程度で、服用には入院管理が必要とされ、中絶にかかる費用は約10万円と、諸外国に比べ著しく高価です。緊急避妊薬も7,000円〜9,000円と高額で、15歳以下は服用対象外、16〜17歳は保護者の同伴と許可が必要とされています。これでは若年層のレイプ被害や望まぬ妊娠の防止に役立てることができません。
福田さんは「経口中絶薬の自宅等での使用を可能にし、購入価格を引き下げ、扱う病院数を増やし、アクセスを改善すること。緊急避妊薬を手頃な価格で薬局で購入可能にすること。WHOの必須医薬品モデルリストに掲載されている近代的な避妊薬(パッチやインプラント含む)へのアクセスを改善すること」を求めました。
公教育に包括的性教育を導入して
NPO法人ピルコンは、公教育での包括的性教育の実施を勧告するよう求めました。ピルコンの染矢明日香さんは「2003年の東京都立七生養護学校での性教育バッシング以降、性教育は約20年もの間、保守派の反発にさらされてきました」と話しました。
1998年以降、小・中学校の学習指導要領で、生殖・性交、避妊、中絶に関して教えないという『はどめ規定』がかけられました。
一方で、近年は少子化への危機感から、計画的に将来の妊娠に備える「プレコンセプションケア」教育が始まっています。
染矢さんは「女性は子どもを産むものというジェンダー規範を、今になってもなお強調するとともに、子どもを産まないという選択肢をないがしろにし、女性の自己決定権を損なうという大きな問題点を抱えています」と批判しました。
また「日本の若者たちは、同意や健全な人間関係、性の健康についての知識や情報源が不足し、情報を得る権利が侵害された上に、予期しない妊娠や性感染症、性暴力など、あらゆる潜在的なリスクに無防備にさらされている」とも訴えました。
選択的夫婦別姓、4回目の勧告?
前回、2016年のCEDAWでは右派の市民団体もロビー活動を展開。この際に杉田水脈・衆議院議員がアイヌ民族の女性たちに侮蔑的な書き込みをしたとして、法務局から人権侵犯と認定されました。今回も少なくとも6団体が、日本の女性差別を否定する市民社会レポートを提出しています。
林陽子さんは「CEDAWは日本の市民社会と日本政府がどれだけ対話をしてきたのかを重視する。NGOの量も質も大事。ポイントを簡潔にわかりやすく伝えてほしい」と要望しました。
また、選択的夫婦別姓については、「同じイシューで4回の勧告を食らった国は他にない」と指摘。「すでに2009年の勧告で世論調査を言い訳にするなと言われているのに、政府は未だに国内の世論が分かれており慎重に判断すると言っている。世論が分かれているとしても、不利益を被っているマイノリティの権利がなぜ認められないのかという観点から考えるべきだ」と話しました。
※(2024年9月28日更新)堕胎罪の制定は1907年。今年は制定から117年でした。見出しとともに訂正します。