「こんなことがあっていいのですか」

記者名:

この問題は、行政と生活保護受給者という、圧倒的な力関係のなかで起きている。

 「生活保護費の支給まであと1週間もあるのに、1000円しかない」

 9月27日、一人の女性が秋田市の民間団体「秋田生活と健康を守る会」の事務所を訪れ、そう話しました。相談に対応した後藤和夫会長によると、女性は泣いていました。

 その前日には、男性が相談に訪れていました。やはり生活が苦しい状況にあり「犠牲者が出たらどうするのか、こんなことでいいのですか…」と、やり場のない憤りを口にしていたそうです。

 秋田市が長年、精神障害のある生活保護世帯に「障害者加算」を誤って支給し、約120人が過去の分の返還(返済)を市から求められている問題。事務所を訪れた2人はいずれも、この問題で返還を求められている当事者たちです。女性の当事者は秋田市からの返還請求に応じて、やむなく2000円を一度だけ分割で支払いました。そうして「もう1000円しかない」という状況に陥っています。

 問題発覚から1年という今になって、ようやく、民間団体にたどり着いて助けを求め始めた人たちがいるということです。10月には、あらたに2人の当事者が「秋田市による返還決定を止めてほしい」と秋田県に審査請求(不服申し立て)を行う予定です。1年が経とうとしていますが、当事者が置かれている状況はむしろ過酷さを増しています。

「このままではたいへんなことになる」

 相談に訪れた2人の暮らしがこれほど苦しくなったのは、今回の問題によって生活保護費(家賃をのぞく)を突然2割近く減らされ、さらに「返還」という名の借金を背負わされ、追い打ちをかけるように物価が高騰しているためです。ただ日々を暮らしていただけ。当事者には何の落ち度もありません。

 「決してこの2人だけに起きていることではなく、このような状態に置かれている人たちはほかにもいる」——。2人の訪問から3日後の9月30日、秋田生活と健康を守る会は秋田市長と秋田市議会に対し、緊急要請書を提出しました。「このままでは当事者が本当にたいへんなことになる」という危機感からです。

支援団体「秋田生活と健康を守る会」が秋田市長あてに提出した緊急要請書

 秋田市長には、これまで何度も訴えてきたように、当事者世帯に「返還」させない措置をとることを求めました。また市議会議長と市議会各会派には、この9月議会中に、当事者に返還させない措置をとることを決議してほしい、と求めています。

秋田市長あての緊急要請書を市側に提出する秋田生活と健康を守る会の後藤会長(左)

当事者にいま、起きていること

 要請書を提出した後、後藤さんたちは秋田市役所で記者会見を開き、緊急要請を行った理由について語りました。

 その中で後藤さんが問題視したのが、9月19日の秋田市議会厚生委員会での秋田市の報告です。秋田市は委員会で「当事者120人(117世帯)のうち、110人の返還金を決定した」と議員に報告しました。110人のうち、返還額0円(返還無し)になったのは33人。残る7割、約80世帯は返還金があるということになります(8月末時点)。

 「このように秋田市が返還決定を進めるなかで、当事者にどのようなことが起きているのか。私たちのところに数日前、相談に来た方の事例から、ひしひしと感じるものがあり、このままでは『手遅れ』になるという思いで、今日の緊急要請に至りました。私たちのところに相談に来た2人のような状態に置かれている方は、ほかにもいるんじゃないでしょうか」(後藤さん)

 そのような当事者の現実を置き去りにしたまま、突然「110人は返還決定済み」と議会に報告した市のやり方に、後藤さんは疑問を呈しました。

「一件落着」ではまったくない

 9月19日の秋田市議会厚生委員会での市の報告では、次のような市議の発言がありました。「当事者からの『回収見込み』はありませんよね? 多分、国に返還する二千何百万を市が立て替えて払うんですよね?」。秋田市が返還金を立て替えるならば、その予算措置について説明すべきだーーという主旨の発言でした。

 これは、市の責任を追及しているようでいて、当事者がいま置かれている苦境をスルーしてしまう発言でもあります。いまは何よりも、日常生活をおびやかされている当事者の声に耳を傾けるべき段階です。

 後藤さんは「9月19日の市議会での発表で、なんだか返還決定が一件落着したかのような雰囲気も(市は)漂わせています。そのようなことを秋田市は一切言いませんけれども、あの発表を報道で知り『今後も当事者に寄り添って対応してまいります』という秋田市の言葉を見た時、これでなにか一件落着かのような雰囲気であると、私たちは感じました」

「寄り添う」という言葉の裏で

 後藤さんが続けます。「秋田市が何度も言う『寄り添う』という言葉の裏で、当事者に何が起きているのか。それがあまりにも知られないままに、ただ『寄り添ってまいります』という言葉だけが独り歩きしている。当事者の現実を見ない、知らないというふうになっているんじゃないか。寄り添っていくという、その間に、当事者にとんでもないことが起きてしまいかねないという現状があることを感じていただきたい」

 秋田市長への要請書には、岩手県による「返還決定取り消し」の裁決の文書も添えて提出しました。

岩手県の裁決文書の一部(秋田生活と健康を守る会提供。赤線は筆者による)

 岩手県は今年2月、県内自治体が行った障害者加算の「返還決定」3件について、決定を取り消す裁決を出しています。いずれも秋田市と同じく障害者加算のミスで生じた返還の事例です。守る会は、この岩手県の裁決を判断材料に入れてもらい、秋田市も当事者に返還をさせない措置をとるよう、市長に改めて求めました。

「返還させない」決議を市議会に求める

 秋田市長とともに、秋田市議会議長と各会派宛にも、当事者に返還させない措置を議会として「決議」してほしいと求めました。

 後藤さんは「(守る会に相談に訪れた)女性や男性が訴えたような現状を直視していただき、当事者に返還を求めない措置を議会として決議し、市側に求めてほしい。市議会にも役割も果たしていただきたいということで要請しました」と話しました。

追い打ちをかける物価上昇

 物価の上昇が続くなか、生活費をおよそ2割減らされ、身に覚えのない借金まで行政から背負わされる。その額は多い世帯で約100万円――。明らかに、自立生活をおびやかす事態ではないでしょうか。

 「米の値上がりに、全くやまない物価高、そして毎月の障害者加算分を減額されながら返還まで始まったことを考えると『保護費の支給日まで1000円もない』という大変な状況に陥っているのは、相談に来られた1人の方のみではないと思います。ぜひこの機を逃がさないで、いま手立てをしていただきたい」(後藤さん)

自立更生がばらつきすぎている

 秋田市が当事者への救済策として進めてきた控除(※返還額から、生活に欠かせない物品の購入費を「自立更生費」として差し引く)についても、後藤さんは疑問を呈しました。それは、自立更生のやり方、金額が、あまりにもばらついているからです。

 「秋田市は、返還額から差し引けるかどうか『良い、悪い』を現場で決めつけないで、当事者から全部聞き取ってケース診断会議にかけて、妥当かどうかを判断して自立更生額を決定しているというふうに説明しています。しかし、それが果たしてその言葉の通りなのかという問題があります」

記者会見する「秋田生活と健康を守る会」のメンバー

 後藤さんによると、ある当事者は「食品も(控除の対象として)書いてもいいのですか」とケースワーカーに尋ねましたが「食品は記入しても厳しいと思う」と言われ、断念したといいます。

 「ケースワーカーによって、だいぶ差があるんです。一つの方針の下で十分に当事者から聞き取って寄り添う、というふうな流れとは、現実はかなり違う。人によって50万円、70万円、100万円というふうにばらばらな返還決定が出されている。そういうなかで『保護費の支給まで1週間あるけれど1000円しかない』といった声が出ているんです」

当事者に寄り添った岩手県の裁決

 今回、守る会が秋田市と市議会に提出した岩手県知事の裁決には、次のように書かれています。

本件過支給は、処分庁の障害者加算の誤った認定という過誤により、〇年〇月の期間にわたり生じ、その額は〇〇円という多額に至り、その経緯から、審査請求人に帰責する事由は認められず、審査請求人においては過支給分の保護費を正当なものと信頼して費消していたと推認される。このことは、審査請求人における個別具体的な事情として、諸事情の調査等において考慮されるべきものである。
以上のとおり、本件処分は、諸事情についての具体的な調査がなされなかったことにより、事実の基礎を欠き、及び考慮すべき事情を考慮しないこととなりその内容が法の目的や社会通念に照らして著しく妥当性を欠いていると認められることから、処分庁に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとして、違法というべきである

 後藤さんは「千葉県知事の裁決を、もっと厳しくしたような裁決です。こうして千葉県、岩手県知事の裁決が相次ぐ中、秋田市としてはこの機会を逃さずに、大事にですね、返還を当事者にさせない措置を取る判断が求められているんじゃないかと思います」と繰り返しました。

圧倒的な権力との格差

 会見では、記者からこんな質問が出ました。「相談に来た当事者の女性が、2000円を一度秋田市に返還したということだったのですが、返還を受け入れた理由について何か、おっしゃっていましたか」。苦しい生活にあるなかで、なぜ2000円を返そうと思い至ったのか――という問いでした。

 後藤さんは「女性から直接、理由を伺ってはいないのですが」と前置きしたうえで、こう答えました。

 「この問題が起きた昨年から、私たちは情報公開請求によって当事者のケース記録も見たのですが、返還に対して、苦情を言うかたは本当に少ないのです。ほとんどは、やむを得ないという形で受け止めてきた、そういう事例がケース記録からは垣間見えます。それを見てつくづく思ったんですが、当事者は生活保護制度の中で『私たちは生活保護を受けさせていただいている』という思いで、小さく、縮こまったような立場に置かれている。決して返還を受け入れているわけではないけれど、市から『返還を』と言われると『そうなのか、仕方ないな』というふうに思わざるを得ないような関係性があると思います。行政側が『上』で、本来支えられる側の当事者が小さくなってしまっているという構図の中では、返還してくれ、一括ではなく分割だと言われれば『何とか払っていかなければ』と思われたのではないかと、推測しています。情報公開請求を含め、この問題を1年間やってきたなかで、思うところです」

 この問題は、行政と生活保護受給者という、圧倒的な力関係のなかで起きている。そのことを、わたしたちは忘れてはならないと思います。

【参考資料】
・千葉日報 2024年7月10日 生活保護費13人に返還求めず 印西市の過大支給問題、千葉県裁決受けhttps://www.chibanippo.co.jp/news/national/1247495

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