「2017年以前に巻き戻されたよう」 滋賀医大生による性加害事件 1審、2審で分かれた判断 千葉大学の後藤弘子さんに聞く

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性行為には「合意」が必要。性的自己決定権、性的自由は侵されてはならない。

(この記事には、性暴力に関する具体的な描写が含まれます。お読みになる際にはご注意ください。)

滋賀医大の男子学生3人が女子大学生に対し、自宅等で口腔性交や膣性交を複数回行い、それを撮影し、強制性交等罪に問われた事件で12月18日、大阪高裁(飯島健太郎裁判長)は一審大津地裁の実刑判決を破棄し、27歳(以下a)と29歳(以下b)の2人の被告に無罪を言い渡しました。(主犯格のcは一審、二審とも実刑判決で確定)

「まるで(強制性交等罪ができる以前の)2017年以前に巻き戻されたよう」

刑法の性犯罪規定の改正に携わってきた千葉大学副学長の後藤弘子さん(刑事法)は2審(大阪高裁)の判決要旨を読んで、そんな感想を抱いたといいます。二つの判決を読み比べてもらいました。

(聞き手:阿久沢悦子)

【事件の概要】
2022年3月、被害者女性は友人に誘われて男子学生らと居酒屋で飲酒。4時間後に男子学生の1人、c宅に場所を移して二次会をすることになった。その際、友人とaが買い出しに行っている間に、bが携帯電話で撮影する中、cが女性の頭部を左手でつかみ(①)、口腔性交を行った。その際、女性は「苦しい」と言ったが、cは「苦しいのがいいんちゃう」、bは「苦しいって言われた方が男興奮するからな」などと言い(②)、女性の反抗を著しく困難にした。さらに「苦しい」という女性に「が、いいってなるまでしろよ、お前」(③)などと言いながら、aとcが代わる代わる口腔性交した。
その後、友達と腕を組んで同所から立ち去ろうとした女性に両腕で抱きついて引っ張るなどし(④)、女性が立ち去ることを断念させた上、携帯電話で動画撮影する中で、aとcが交互に口腔性交と性交をした。

被害者の供述の信用性に焦点

——1審の判決文と2審の判決要旨を読まれて、なぜ真逆の判断になったと考えますか?

後藤弘子さん)1審、2審とも、行われた性交等については争いがないんです。

1審によれば、争点となったのは、

・強制性交等の故意があるか、共謀があったかどうか

・暴行・脅迫があったかどうか

・性行為について被害者の承諾があったかどうか

判断根拠となるのは当事者たちの証言です。動画もありますが、一部始終が映っているわけではありませんでした。

まず前提条件として、一次会の段階から、男性たちはグループラインで「確実に今日いけるぞ」などと、女性の同意を取るつもりのないやりとりをしていました。同意を取るつもりがないのに、裁判になって急に「女性が同意していた」「同意していると思っていた」と言い出し、それが2審では認められた。

1審は被害者の供述の信用性を認め、性交にいたるまでの加害者側の①〜④の行為などを性交等に向けられた暴行、脅迫に当たると認め、「被害者の反抗を著しく困難にした」と認定しています。

これに対し2審は、「被害者の目的は性被害として処罰を求めることより、動画の拡散防止にあった」「最初の口腔性交について、警察の事情聴取に話してない」ことをもって「被害者には虚偽供述の動機(誇張や矮小化)がある」としました。警察に捜査を続行してもらわないと困るから、被害者は最初に任意で応じた性行為を隠し、嘘をついているという前提に立ったわけです。

何度読んでも、「虚偽供述の動機」が何によってどう認定されたのか、要旨を読むだけでは私にはわかりませんでした。

1審判決と2審の判決要旨

記憶の欠落、1審「不自然ではない」

——最初の口腔性交について、被害者が「記憶にない」としていることへの判断も分かれました。

1審は「相当量の飲酒をしていたことや時間の経過を踏まえると、記憶の欠落があることは不自然ではない」としています。また、警察への申告に一部事実と異なる点があったことについても、「性被害に遭った者にとって、被害直後の段階では混乱や動揺から抜け出せず、被害を思い出すことにも苦痛が伴うであろうことは想像に難くない」と判断しています。

一方、2審は「相手方が性器を露出しているという非常にインパクトの大きいもの」「展開を含めて通常は記憶に残るはずである」「虚偽の供述をして事実を隠している可能性が否定できない」としました。

しかし、強制性交時に意識が飛ぶ「解離」の状態になることはよくあることです。その場面だけ記憶をなくす「健忘」もある。

「覚えていないというのは嘘で、だから同意があったはずだ」とか「他の供述によって裏付けられた事実もなかった」という結論を導き出した論理のプロセスがどうしても、理解できません。

「同意」とは性的自己決定権を行使できる状態

——「同意」についての見方も対照的です。

1審はまず判決文の中で「同意」について定義しています。

「強制性交等罪の成立が妨げられるような同意とは、強制性交等に応じるか否かについて、自由な意思決定に基づき真に同意することを要すると解されるところ、いつ誰とどのような態様で性交等するかという性的自己決定権を行使できる状態にない場合には、真に同意していたとはいえない」

その上で、被害者と加害者の関係性の希薄さや、行為以前の身体接触の有無などについて検討を加え、「被害者は二次会に参加するつもりで、性交等をする意図は有していなかった。容易に逃げられない状況で口腔性交を求められ、冗談と思っていたことが現実化しそうになり、驚愕や動揺により、あるいは、抵抗すればより強度の性被害に遭うかもしれないなどといった心情に陥り……」と推認しています。

その後も、2度の口腔性交から性交へと進む段階ごとに「脅迫があるよね」「同意がないよね」「同意がないことを認識していたよね」と行為態様ごとに丁寧に確認しています。

2審は「被害者は嘘をついている、同意があると警察が動いてくれないから最初の口腔性交を隠した」とし、その後は「嫌だ」という拒否の意思表示があったとしても、全体として同意があったという前提に立っています。被害者が嘘をついているというストーリーから抜け出せ切れていない。

2審は、被害者証言の信用性を肯定して有罪とした1審の判決について、「論理則、経験則等に照らして不合理であって、是認することができない」と退けたんですね。でも、じゃあ、2審でいう「論理則、経験則」って何ですか?と言いたいです。

大阪高裁

刑法が保護しようとする法秩序を破壊

——事件が「不同意性交罪」の成立(2023年7月)以前のものであるから、同意の有無は関係がないという論評も見かけました。

「強制性交罪」でも、暴行・脅迫によって、同意の有無を判断していますので、突然同意が問題となったわけではありません。

先にお話ししたように、被告人である男性たちはそもそも被害者女性の同意を取る気がまったくなかった。それなのに、裁判になると急に「被害者は同意していました」「被害者側が任意で性行為に応じていました」と言い始める。それを刑事裁判が許していいのかという問題です。

強制性交等罪では、被告人側が、同意があると思っていれば、故意がないと判断されてしまう。その場面だけを切り取って、判断したのが、2審判決です。

被害者の立場から見るのではなく、加害者の故意があったかどうかだけを問題とする。これが刑事裁判だという言い方もできるかもしれませんが、同意が必要だとする刑法を潜脱する「違法」な認識を持つ被告人を無罪とすることで、刑法が保護しようとする「性的自己決定権の保護」という法秩序を破壊することを認めることになる。

第1審は社会が守るべき「同意のない性行為は認めない」という価値を否定してはいけない、と考えて、丁寧に犯罪認定をしたのだと思います。

大阪高裁前のフラワーデモに集まった女性たち(参加者提供)

「過失レイプ罪」のような根本的な法改正が必要

——口腔性交時の加害者の言動を1審は「暴行」「脅迫」と認定しましたが、2審は「頭部を左手でつかむというより、左手を頭部に添える程度」「性行為の際に見られることもある卑猥な発言であると評価可能である」として退けました。

自由意思で行う口腔性交で男性が女性の頭部をつかむ必要はありません。男性が立ったままで女性を跪かせる必要もない。卑猥な言動も必要ない。

2審の判決を読んで、2017年の強制性交罪以前に先祖返りしたと強く思ったのはこの「性行為の際に見られる卑猥な発言」の部分です。強姦罪の時代には、性犯罪の判決文に「通常の性行為に随伴する程度の有形力の行使」という言葉がよく出てきていました。暴行脅迫を認めず、罪を軽くする免罪符のような言葉です。

2017年、2023年と2回の刑法改正で、被害者の視点から犯罪を見ることで、暴行、脅迫として認められる状況に変わったと思っていたのですが、裁判所にその声が届いておらず、昔のままだった。期待していただけ、絶望は大きかったです。

今回のように、被告人が法規範を自分の都合よく解釈して、お酒を一緒に飲むことや自宅に来ることは性行為の同意であると、おろかにも思い込んでいた場合、たとえ刑法の条文が変わっても、2審のような判決が出る可能性は危惧されます。残念ながら、今後も同じような判決が出ないという保証はできません。スウェーデンのように、そう思ったことに過失がある場合は「過失レイプ罪」とするような、より根本的な法改正が必要です。

性犯罪についての司法関係者の研修、充実を

——判事によって判断が分かれる事態を招いたのは、改正刑法や性被害について裁判官に対する研修が足りていないからだという意見もあります。

法律が変わったことは知っていても、性的同意とは何か、性的自己決定権とはどういうことかが十分理解されていないと感じます。裁判官に対する教育が足りていない。

また裁判官のジェンダーバランスについても改善が必要です。

今回1審の大津地裁は裁判長、右陪席、左陪席とも女性でした。大阪高裁では左陪席のみ女性。女性が3人そろうと、性犯罪被害者の心理を十分に理解した判決が出るのに、男性が多数になると「女は嘘つきだ」という前提になってしまう。これは法曹教育の問題というよりも、幼い時からの「性的同意教育」の問題です。

来年改定の第6次男女共同参画基本計画に、性犯罪についての司法関係者の研修の充実について盛り込むほか、今一層の「性的同意教育」を行うことを求めていくつもりです。

——12月26日に検察が上告しました。最高裁の審理に望むことはありますか?

不同意性交罪以前の強制性交罪でも、保護法益は「性的自己決定権」や「性的自由」です。相手の同意をとるのは性行為において大前提です。相手の同意があろうがなかろうが、性行為をやると決めている人は、刑法が予定している秩序に最初から反していることを重く受け止めて欲しい。

最高裁で審理するならば、被害者の視点からこの事件を見てほしい。被害者の状況を的確に把握してほしい。ただ、今回、高裁で、弁護人の描いたストーリーが採用されたことを考えると、そのストーリーを壊さない限り、たとえ、破棄差戻されても、同じ結論になる可能性は否定できません。

私たちの手で法律を変えて来たことを誇りに

——今回、女性たちがインターネット上で高裁判決に異議を唱える動きがあり、大阪高裁前でのフラワーデモもありました。女性たちに一言。

今回の高裁判決で、刑法の性犯罪規定の改正に費やした6年の歳月に水をかけられたような気持ちになっていることでしょう。でも、100年以上も積み重なってきた性犯罪に関する裁判官の考え方や犯罪の評価方法が、すぐに変わるわけではありません。

私たちの手で法律を変えてきたことを誇りに思いましょう。

あきらめず、連帯していきましょう。