1985年7月25日、女性(女子)差別撤廃条約が日本で発効しました。女性差別撤廃条約実現アクションは4年前、この日を「女性の権利デー」と定め、毎年シンポジウムを開催しています。
今年は「女性差別撤廃条約で働き方を変える!」と題し、男女の賃金差別をめぐる訴訟や女性の低年金についての報告がありました。東京都文京区の会場に約60人、オンラインで約100人が参加しました。
10月17日、8年ぶりの日本報告審議
今年10月17日、ジュネーブで開かれる国連の女性差別撤廃委員会で、8年ぶりの日本報告審議が行われます。国連の女性日本は女性差別撤廃条約を批准しましたが、それから約40年経っても、付属の条約である「選択議定書」にはまだ批准していません。選択議定書は、差別を受け、国内で救済されなかった人が国連の委員会に救済を申し立てる「個人通報制度」と、委員会が信頼できる情報を得て国内状況を調査し、意見・勧告とともに送付する「調査制度」からなります。
女性差別撤廃条約実現アクション、日本女性差別撤廃条約NGOネットワークなど国内の女性団体はこの批准を求めています。
集会では「働く女性たちの裁判から」「女性の貧困を象徴する年金問題」の2つのテーマで報告がありました。
日本のNGOは10月の国連女性差別撤廃委員会に25項目からなるレポートを提出する予定ですが、その分量の3割が「賃金格差」「年金」にまつわるものだそうです。
「働く女性たちの裁判から」では「AGCグリーンテック訴訟」と「NTT関連会社キステム訴訟」について原告から報告がありました。
間接差別認めたが、男女の賃金格差認めず
AGCグリーンテック訴訟で東京地裁は5月13日、総合職のみが利用できる社宅制度は、男女雇用機会均等法が禁止する「間接差別」にあたる、と初めて認定しました。
一方で、男女の賃金格差については、原告の仕事は「総務・経理に関する定型的な一般事務が中心である」とし、男性が多くを占める総合職相当であるとは認めず、格差は性差別ではないとされました。
集会に参加した原告の女性は自分の仕事について、こう話しました。
「定型的な一般事務」と判断され、悔しい
「4ヶ月間、一人で管理室業務を回したこともある。行政機関の窓口に直接行って聞いたり、自分で勉強して業務をこなしたりした。就業時間外に国税局の消費税調査の処理をした。昼休みも郵便局や銀行に行き、昼食も取れずにパンを食べながら午後の仕事をし、夕飯もとらず深夜まで働いた。給与処理、出勤簿の回収、給与の計算、振り込み手続き、給与明細の発行、社会保険料、雇用保険の手続き、行政機関への書類の申請、手形の裏書き、経費精算などなど。億単位の送金や海外への送金なども担当した。電話やインターネットの環境設定もした。社内からの手伝いはなかった。多種多様な業務をしてきたのに、定型的な一般事務と判断されたのが悔しかったです」
判決確定後、会社は社宅制度を見直し、全社員を適用としました。しかし、新たに独身/既婚者の区分や年齢制限を設けました。その結果、一般職の社宅貸与はわずか2人にとどまっているそうです。
原告は「コース別人事を廃止してほしい。これがある限り、男女の賃金格差はなくなりません。私は16年たっても平社員のままです。提訴してからは仕事に関与させてもらえなくなり、完全に一般職の枠に押し込められてしまいました。闘いは続いています」と報告しました。
週5日フルタイムで働き、賞与なし
キステム訴訟は同一労働同一賃金を求めた裁判です。盛岡地裁は4月26日、正社員と同等の給与、賞与を求めた原告女性の請求を全面的に棄却しました。8月27日に仙台高裁で控訴審の第1回期日が予定されています。
キステム(本社・東京)はNTTの工事現場で警備を請け負う会社。女性は岩手県内の営業所で2012年2月に臨時社員として働き始め、19年4月には正社員と同じくフルタイム、週5日勤務になりました。しかし、正社員に支払われる年120万円の賞与を一切もらっていません。子どもを育てながらダブルワークをしていたので、残業はできず、副業が禁止されているため正社員登用の試験は受けられませんでした。このため、給与も低い水準に据え置かれています。
原告の女性はオンラインで参加し、「自分のしている仕事は正社員の人と同じなのに、なぜこうも待遇が違うのかなという単純な疑問から始まった」と話しました。「手取りで13万円いかないお給料です。一人暮らしだったり、子どもを育てたりしている人間には、絶対生活が出来ない状況だと思う。賞与があればすごく助かるんじゃないかな」
女性は出産を機に会社を辞め、子どもを私立の学校に進学させるため、朝は新聞配達、昼間はキステム、終業後はスーパーの品出しをしました。13年働いてまだ契約社員という身分。高裁に控訴した理由は地裁の判決にあるといいます。
盛岡地裁は、全く別の裁判の枠組みをあてはめ、女性の業務は「正社員と内容の違いがある」「残業時間に差がある」「正社員登用制度を利用しなかった」として、待遇差は経営判断によるもの、賞与は功労報酬とし、女性の請求を棄却しました。「裁判所が労働契約法やパートタイム有期雇用労働法を基準に判断しないというのは、差別があっても規制しないということ。始めから結論ありきの立場はおかしいです」
女性の働き方が低年金に直結
年金の部では全日本年金者組合女性部の中川滋子さんが報告しました。
「高齢女性の貧困は、働き方が途切れたり、非正規雇用に陥ったりして一貫した生涯賃金を積み上げることができずに、公的年金の男女格差を作り出した問題です」
国はデフレ政策のために据え置いていた年金額を、2013年〜2015年までの3年間で2.5%引き下げ、さらに「マクロ経済スライド」制を導入して、年金を引き下げ続けました。この年金政策に対し、2015年に12万人の年金生活者が行政不服審査請求をしたものの、却下され、5297人が39地裁に「年金減額改定取消請求訴訟」を起こしました。中川さんも原告の一人です。
最高裁では2013年12月、兵庫訴訟の判決が出ました。年金減額は健康で文化的な最低限度の生活を保障した憲法25条に違反するという原告の訴えに対し、最高裁は「給付額を維持すると現役世代に負担がかかり、財源を圧迫する」「一律の引き下げは世代間の公平を図り、財政基盤の悪化を防ぐなどの観点から不合理だとはいえず、憲法に違反しない」として、上告を棄却しました。すでに約半数の原告について、最高裁での敗訴が続いています。
「最高裁に今まで4回行きました。つかまるところのない石段を4階までのぼる。全部石造りで庶民を寄せ付けない感じのところでした。そこで無碍に十把一絡げに不当判決を受けてきているわけです」(中川さん)
月7万円以下の暮らし、小冊子に
年金者組合女性部は、原告の女性たち175人の声を小冊子にまとめました。月に7万円以下の暮らし。「シャワーはお湯を使えず水で」「食事は1日2回」「スーパーで閉店間際に安売りになっている弁当を買ってきて、2回に分けて食べる」などの貧困の状態が明らかになりました。一方で、女性たち自身が「自分がバカだった」「離婚するんじゃなかった」「バチがあたった」と自己責任論にとらわれている様子も見受けられました。
2022年度の厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、女性の年金受給平均月額は6万332円。厚生年金の平均月額は10万4878円、国民年金だけだと5万4426円です。年金だけで暮らしを維持するのは難しい状況です。
中川さんは「女性の低年金はジェンダー不平等の積み重ねだ」と言います。最高裁で棄却が続き、女性の低年金を是正するには、国内の裁判だけでは限界があります。国際労働機関(ILO)や国連の社会権規約委員会、女性差別撤廃委員会への情報提供を通じて、是正の道を探っているそうです。
障害児介護の期間を年金に算入するよう勧告
黒岩容子さんは、「モルドバ共和国」で、女性差別撤廃条約の選択議定書に基づく個人通報制度を利用して救済に結びついた事例を報告しました。子どもに重度障害がある女性が介護離職したため、年金額が非常に低くなったケースです。
女性は1992年に出産、子どもが第一級障害と認定され、在宅介護のために離職します。
1999年に社会保険年金制度が施行され、兵役などは保険の算定期間に含まれるとなりましたが、障害児の介護期間は以後算入しないことになりました。
2012年に子どもが亡くなり、同年に障害者社会包摂法が制定され、2017年に障害児の親の介護期間を年金算定に算入するよう法改正がありましたが、改正以前の年金には遡及せず、女性は最低生活費の3分の1の年金しか受給できませんでした。女性は平等委員会に苦情申し立てしたのち、提訴しましたが、敗訴が確定したため、女性差別撤廃委員会に個人通報制度を使って通報しました。
女性差別撤廃委員会は女性のケースについて「障害児介護が女性の役割とされ、労働と介護両立への社会支援が乏しい状況下において、介護期間を社会保険算定期間に不算入としたことはジェンダー間接差別にあたる」とし、モルドバ共和国に対し、「女性が子を在宅介護していた全期間を算入して算定し直すこと」「女性が受けた権利侵害に関する経済的、精神的損害への十分な補償」をするように勧告しました。
4つの事例について、女性差別撤廃条約実現アクション共同代表の浅倉むつ子さん(早稲田大学名誉教授)がコメントしました。
とりわけ女性の低年金について、「男女の年金格差は、厚生年金加入資格、雇用差別の存在、男女の賃金格差、非正規雇用の拡大、第3号被保険者制度、家族従事者を評価しない所得税法などによって、構造的にもたらされている」と指摘。
女性差別撤廃委員会の2016年総括所見が日本政府に対し、「高齢女性のニーズに対して特別な関心を向け、年金スキームをこれらの女性たちの最低生活水準を保障するものへと改革するよう要請する」と勧告していることをひき、是正を求めました。
条約を使いこなせない日本の裁判所
フロアからジェンダー法学者の山下泰子さんが発言しました。
「女性差別撤廃条約は私達一人ひとりの権利を保障しているという条約です。日本は憲法98条2項で条約は尊重しなければならないと書いてあって、女性差別撤廃条約も国内適用されるべきものです。法律よりも上位に扱われることも学界の通説です。しかしながら、日本の裁判所が女性差別撤廃条約を根拠として、不利益を受けた女性の側を勝訴させた例というのはこの39年間に1回もない。裁判所がこの条約を使っていないというのが実情です。それを打破するために、選択議定書を批准して、個人が直接、女性差別撤廃委員会に通報できる仕組みを手に入れたいと思います」
日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク(JNNC)は、各団体の要望を一本化したレポートを作成中です。10月にジュネーブで開かれる国連女性差別撤廃委員会の日本審査に、NGO代表ら約70人が参加し、ロビー活動を展開する予定です。