離婚後も父母ともに親権をもつことを認める「共同親権」を導入する民法改正案が5月17日、参議院本会議で可決成立しました。生活ニュースコモンズは19日、「みんなで語ろう#STOP共同親権〜2年後の施行を見据えて緊急作戦会議」をオンラインで開催しました。反対や不安の声が絶えることのない「共同親権」。施行までに私たちに何がきるのか。弁護士の斉藤秀樹さん、#ちょっと待って共同親権プロジェクト チームリーダーの斉藤幸子さん(仮名)、NPО法人女のスペース・おん代表の山崎菊乃さんとともに考えました。聞き手はコモンズの吉永磨美記者です。
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- 離婚済みで単独親権の人も対象になる
- 190万人の子どもが影響を受ける可能性
- 「がっかりすることなく、バックアップしていく」
- 「DV被害はこんなにも理解されていない」
- 落胆している、でも気持ちを奮い立たせて
- DV防止法を壊す「武器」になってしまう
- 当事者が命がけで手にしたDV防止法
- 加害者の武器とならない制度にしていくために
- 脆弱な女性支援の現場
- 頓挫した「親子断絶防止法」とは
- 被害当事者不在で進んだ法制審の議論
- 「ポンコツ法」と言ってもいい
- 「法制審は強権的だった」
- 「被害者を馬鹿にしている」
- 18歳未満なら大学進学も「共同決定」の範囲に?
- 「DVや虐待の被害者の声を参考にすること」が附帯決議に
- 養育費の不払いに公的制裁を加えるべき
- 海外は養育費未払いに強烈なペナルティ
- 「共同親権になれば養育費は今より減る」
- 狙いは「社会保障の削減」?
- 被害者を守るために、地方自治体や職員を守る制度を
- 国は経済的な負担への支援を
- 苦しいけど、一緒に声を上げ続けよう
- 「流れを変えたのは当事者の声」
- 「無理をしないで、できることを」
- 「私たちは1人じゃない。そして、変えていける」
離婚済みで単独親権の人も対象になる
吉永記者 まず斉藤弁護士に伺います。この法はいつから実際に運用されるのでしょうか。また施行された場合、既に離婚された人にも適用されるのでしょうか。
斉藤弁護士 公布から2年以内に施行ということだけは決まっていますが、はっきりとした時期はまだ分かりません。いま2024年5月なので、そこから数えて2026年5月ころまでには施行ということになると思います。この法律がどういう方々に適用されるかということなんですけども、多くの方たちからよく質問をされるのですが、この法律は既に離婚が成立して単独親権になっている方にも適用されます。ただ、自動的に共同親権になるわけではありません。施行後、元パートナーの方が「共同親権に親権変更したい」という申し立てをすることができ、双方の合意もしくは裁判所の決定で、共同親権に親権変更することが可能になります。この親権変更という制度は今もあり、母から父に変更したり、逆に父から母に変更したりします。そこに「共同親権」という一つの選択肢が付け加わりました。多くのケースでは双方の合意がある場合に親権変更しますが、合意がない場合は裁判所が決めるというルールで今もやっています。これが今回の共同親権を含む民法の改正を受けて、選択肢として新たに「共同親権に変更」も可能になったということです。
190万人の子どもが影響を受ける可能性
斉藤弁護士 では影響を受ける人(親権者変更を請求しうる父母とその子ども)は推定でどれくらいの数になるのか。こう質問された法務大臣や最高裁(家庭局長)が「統計を持っていません」などと答えるやりとりが国会でありましたが、私が司法統計や人口動態統計などを基に計算したところ、離婚家庭にいる18歳未満の子どもたちはだいたい190万人ぐらいいるのではないか。ですから計算上は、それぐらいの多くの子どもたちが場合によっては(影響を受ける)可能性がある。そういうような、たいへん大きな法律の改正だと理解しています。
吉永記者 親権変更っていうのはどれくらいの手続き期間がかかるものですか?
斉藤弁護士 親権変更は調停での話し合い、最終的には裁判所の審判で決まるんですけれども、実務的にはもう多くのケースは2人の間で話し合っていることが多いです。親権変更する、しないで真正面から対立する事件っていうのは、私はあまり経験はしていないです。非常に判断が難しいんだろうなということと、そう簡単には変更されなかったっていうのが今の実務の感覚です。皆さんがとても不安がられていることとして、あるいはメディアを含めてちょっと誤った理解で「遡及的に適用される」というふうな言い方や誤報をされることがあるのですが、遡及はしないです。(改正民法が施行されることで)今まで単独親権だったものがさかのぼって共同親権になるということではなく将来、場合によっては共同親権になってしまう可能性がある、そういう制度です。
「がっかりすることなく、バックアップしていく」
斉藤弁護士 基本的には、いまきちっとした親子関係、子育てができていれば、まず(親権が)変わることはなかったというのが実務の運用だし、感覚です。少なくとも今の日本の民法、家庭裁判所の実務からすると、子育てを放棄してしまったとか、親権変更の前に戸籍上の親権者の家から追い出されてしまって子どもが他方の配偶者のもとに子どもが逃げ込んでいる状態だとか、誰が見ても親権を変更しなきゃしょうがないじゃんっていうようなケースが多く、そのくらいのことでもない限り、あまり親権変更というのは認めてこなかったというのが今の家庭裁判所の実務なので、いま一生懸命子育てをしている皆さんが不安になって、何も手につかなくなるとか、そういうような心配は私はしなくていいのではないかというふうに思っています。
共同親権の問題に誰よりも長く関わってきた自分の立場からすると、ついにこうなってしまったかなと思いながらも、これで本当に終わりではなくて、ここからやらなければならないことが山のようにあるなと思っています。がっかりすることなく、やることは一生懸命やって、未来を形づくる子どもたちが安心で安全な生活をずっと続けられるように、いろんな形でバックアップしていかなければいけないかなと決意を新たにしているところです。
「DV被害はこんなにも理解されていない」
吉永記者 国会で参考人としてお話された斉藤幸子さん(仮名)お願いします。
斉藤さん 私は衆院法務委員会の参考人質疑で発言しました。そのとき異例中の異例の配慮を衆議院の方でしていただき、(顔を出さない)遮蔽措置をしたり、ボイスチェンジャーを使用したりなど、たくさん配慮していただきました。これは、いつ私の配偶者が責めてくるか(分からないから)。私はいつも隠れて生活をしています。
ただ、このような配慮を理解していただいていなかったということが、よく分かって。DV(ドメスティック・バイオレンス)被害者が表に立てないことをこんなにも理解していない人がいるのかということ、DVへの理解が乏しいということを知って、かえって傷ついたというのが当日の感想でした。「親権を持っていれば、運動会で子どもが頑張っている姿に対して『あれが私の自慢の息子だ、娘だ』と誰に対しても胸を張って言えることが大切なんだ」というような発言をされた議員さんがいました。子どもが頑張っているだけであって、自慢することが大事なの?っていう…。何のための親権だと思っているんだろう?って 。やはり親権と面会交流と養育費がぐちゃぐちゃになっている議員さんがいらっしゃる。そのまま今回成立してしまったことには、正直落胆しました。しかし、実際のDV、虐待、高葛藤がどうやって扱われているのかを全く調べていないということがはっきりしましたので、気持ちを切り替えて、子どもや同居親、DV被害者たちがどういうふうな扱いを受けているかというのを、あらためて皆さんの力を借りて訴えて安心して安全に暮らせる社会にしていきたいと気持ちを入れ替えています。
落胆している、でも気持ちを奮い立たせて
吉永記者 DVの被害に遭って離婚された方を取材しているのですが、本当に「私たちの声をどう届ければいいでしょう」「できる限りのことをしたいんですけど表に出られないし」とすごくジレンマを抱えて、この間ずっとかたずをのんで見守ってきた方たちたちがいたと思います。斉藤さんの周りには、いまどういう声が届いていますか?
斉藤さん 私の周りでは(民法改正案が成立して)どうしたらいいんだろうと意気消沈してしまって、今ちょっと気持ち的に休みたいと言って、連絡が取れなくなっているお友達がいます。ただ、このままではいけないよねっていう…DV被害者で、なんでこんなにつらい思いをしているのに、自分たちがもう1回立たなきゃいけないんだろう?っていう気持ちを抱えながらも、やはり自分たちの安心安全は自分たちで手にしなきゃいけないっていうことで、気持ちを奮い立たせて、頑張ろうって声をかけあっている友達もいるという状態です。
DV防止法を壊す「武器」になってしまう
吉永記者 続いて山崎菊乃さん、よろしくお願いします。
山崎さん 私は5月7日に参議院の法務委員会で、当事者として支援者としてお話をさせていただきました。この法律はDV防止法をぶっ潰す一つの大きな武器になってしまうんじゃないかという懸念をすごく抱いています。私はDV防止法ができる前にシェルターに逃げてきました。その時、どれだけ怖かったかというお話をさせてください。
DV防止法が施行されたのは2001年ですが、私は1997年に3人の子どもとともにシェルターに避難した経験があります。当時は被害者保護に関する制度はゼロで、法律もない、シェルターも公的なものはなく民間の女性団体が手弁当で運営しているという状態でした。私は着の身着のままでとりあえずビニール袋に衣類を突っ込んで、3人の子どもとシェルターに逃げて、やっと夫が知らないアパートで自立を始めました。生活保護を受けたり、いろんなことをして自立を始めました。そのとき巡回調査ということで警察官が私の家にやって来て家族構成を聞いたんです。そのとき私はとても怖かったので、警察官が来てくれてよかったと思って、全部お話して、そして今こういう状態で逃げ隠れしているので、夫が捜索願を出していると思いますが絶対に対応してくださいねってお話をしました。そしたら警察官は「分かりましたよ」って帰って行ったんです。
でもその後、3日後に私の母から電話があって「警察から電話があったよ」って。捜索願が出されていたから警察が夫に連絡をしたんだけれども、夫がたまたま不在だったから母に連絡が行ったのです。私はもうひっくり返るくらいびっくりして、怖くて手も足もガタガタ震えながら、巡回調査のお巡りさんが担当している地域の交番に行ってお話をしました。どうして夫に私たちのことを教えようとしたんですかって話をしたら「これは制度ですから」「決まりですから」って言われたんですよね。それで、もしもこれで何か、夫から傷害事件だとか、もしかしたら殺人事件だとか、そういうことになったらどうするんですかって言ったら、そしたら警察官は「そうなったら110番通報してください」って言われたんです。
当事者が命がけで手にしたDV防止法
山崎さん このとき私は、私たちは誰にも守られていないな、法律がなきゃ絶対だめだなって思いました。そういう私たちの仲間が、本当に命がけでいろんな議員さんにお話をしたりとか、省庁を回ったりして、議員立法で成立したのがDV防止法だったんです。そういった背景があるということを、皆さん心に留めておいていただきたいなと思います。だけれども、DV防止法も被害者は十分な支援を受けられなくて、日本社会のDV被害に対する認識はまだまだ薄くて、暴力から逃れることも難しく、相談機関からさえ理解のない対応をまだ受ける状態です。この状況を改善することなく共同親権にすることで、逃げることしか許されていない法律、逃げることだけを許しているこの法律のもとで、さらに私たちは逃げられなくなるということが、現場を知っている私たちには見えているので、恐ろしくて私たちは大反対しました。共同親権制度は、私たちDV被害者が命がけで勝ち取ったDV防止法を無力化するものだと思っています。そしてこの法律は加害者の武器になると思っています。
加害者の中には、自分を被害者だと心から思っていて、自分の元から逃げ出したパートナーに対する報復感情を強く抱く人が多いです。自分は何も悪いことをしてないのに、妻が子どもを連れて出ていってしまった。自分に逆らわなかった妻が何で出で行ったのか本当に理解できない。支援者や弁護士がそそのかしたに違いないといって弁護士を攻撃する。そして自分こそ妻から精神的暴力を受けた被害者だ。こちらのメンツが立たない。絶対に妻の思い通りにはさせない。自分をこんな目に遭わせた妻に報復してやる。そういうふうに考えるのが目に見えているんですね。全部が全部、そうではないんですけども、そういう加害者は本当にいるんです。ですからこの法律は、加害者に加勢する武器になる法律です。
離婚協議では「共同親権に合意しなければ離婚しない」と言われ、不同意であるにもかかわらず、共同親権を受け入れて支配から抜けられなくなる人もきっと出てくると思います。もっと言うと、離婚そのものができなくなってしまうと思っています。
加害者の武器とならない制度にしていくために
山崎さん そして現場の最大の懸念というのは、被害者の相談に乗って「それはDVですね、避難する必要がありますよね」と言ったら「加害者の共同親権行使の侵害だ」という損害賠償の訴訟が、相談員や支援団体をターゲットに起こされるかもいれないということがあります。被害者の一時保護を都道府県が決定したら、同様の訴訟が都道府県、市町村に起こされるかもしれません。訴訟対応で支援機関はストップするだろうし、訴訟というリスクを負ってまで行政は被害者を支援してくれるかな?っていうのは、あります。
これまでもそうでしたけれども、大きな声を上げる方に負けて、弱い者に我慢を強いるということがたくさんあったので、そういった意味でも非常に懸念しているところです。法律では、双方の合意で親権が決まらない場合、裁判所が親権を決める際にDVや虐待がある場合は単独親権と決める、とありますけど、DVや虐待の証明をどのようにしたらよいのでしょうか? 先日法務大臣の答弁では「被害者が一生懸命話をすれば、裁判所はわかってくれる」などと言っていましたけれども、本当にそのようなふうにするのでしょうか? だったら法の条文に明記すべきだったと思います。この先の2年で、どのように被害者が安心できる制度が作られるのか不安は大きいのですけれども、この国会で多くの与野党議員も疑問に思っていることがわかりました。加害者の武器とならない制度設計にしていくために、これからが勝負だと思っていますので、皆さんと手を携えて頑張っていきたいなと思っています。
脆弱な女性支援の現場
吉永記者 DV防止法の骨抜き化というのは、本当にその通りだと思います。また全体の離婚の中でDVのケースは少ない、というふうにいわゆる数を持ち出してくる人がいるんですけど、実際はそういう数字に載ってこない人が山のようにいるんですよね。
山崎さん そうです。シングルマザーサポート団体全国協議会が2022年に行ったアンケート調査の結果では、離婚を決断した理由で一番多いのが「子どもによくない影響があった」というもので、その「子どもへの影響」というのは何かというと、夫婦が対立、口論したり、自分が馬鹿にされている様子をこれ以上子どもに見せたくないというのが最多なんです。つまり司法統計で「性格の不一致」とされてきた中身が実は、ほとんどDVだったんだということなんです。
吉永記者 そうですよね。 一部であっても絶対駄目ですよね、暴力は。
山崎さん そうです。一部の暴力的な人がこの法律を使って嫌がらせをするというのは、人数が少なくても許してはいけないことだと思います。
吉永記者 また合わせて、やはり女性の問題っていうのは受け止める公的な場所自体が非常に脆弱であると。困難女性支援法というのが4月に施行されているんですが、婦人相談員、いわゆる女性相談支援員といわれている、暴力を受けて困っている人を受け止める行政の人たちの体制も非常に脆弱です。
その方たちの身分がいわゆる正規職員ではなくて、非常に給料が安い状態で働かされているとかですね。本当に受け止め体制もできてない中で、こういった法律が施行されようとしているというのが本当に困るなと思います。
頓挫した「親子断絶防止法」とは
吉永記者 斉藤弁護士は法制審議会の委員のバックアップとして参加されてきました。専門家がどういう話し合いをして共同親権を導入する方向に持っていったのか、また共同親権に反対や懸念を表明する運動にどのようなきっかけで携わられたのかとか、今に至る政治的な流れなどを振り返っていただけますか。
斉藤弁護士 2001(平成13)年にDV防止法が制定されて、同じ弁護士会の太田啓子さんたちと一緒にマニュアルを作ったところがスタートでした。あの頃はDVというと、あざだらけであるとか、骨折といった身体的な暴力が多かったのですが、その後そういった身体的暴力はどちらかというと目立たなくなり、モラハラや精神的な暴力を訴える人が非常に多くなったと思います。私自身の今に至る立ち位置で一番大きかったのは、千葉・松戸 の100日面会交流訴訟というのがありまして、私は控訴審から弁護団に加わりました。ちょうどそのころ、2018年、親子断絶防止法という法律が成立しそうになっていました。超党派の議員連盟があって、推進する人たちは今の共同養育議連とほぼ同じような人たちでした。一方、初めて被害者側へのヒアリングに呼ばれたのが全国シェルターネット さんで、そこに私も同席していました。
そこで初めて、政治の場面を目の当たりにし、実はびっくりしました。共同親権を推進するほうのかたがたで、男性が泣いてみたり、あるいは祖父母が「孫に会えません」ということをおっしゃっていたり。政治家から一番最初に出てきた質問が、弁護士である私に向けて「DVを捏造して弁護士が商売をしているというような話を聞いたが本当なのか」ということを聞いてきた議員さんがいて、びっくりしました。親子断絶防止法というのは頓挫したんですけど、入れ替わるような形で(衆院議員の)上川陽子 さんが法務大臣になって、法制審を立ち上げて共同親権について議論するということが始まって、今に至っています。
吉永記者 親子断絶防止法っていうのは、どういう形で「断絶を防止する」っていう話だったんでしょうか。
斉藤弁護士 完全な理念法なんですけれども、行政が当事者に対しアドバイスをすることを努力目標的に義務付けるようなことをうたっている法律でした。もちろん、そのときもDVを除外するという条文があるから大丈夫なんだよという言い方をしていました。われわれから見ると、家庭裁判所とか弁護士を除外して、行政の窓口で決着をつけようと、そういうようなことを意図していたのかなという感じがしています。そういうものを実現しようと超党派の議員連盟、与党も野党も入った議員連盟が出来上がって、その時点でもう数年にわたって議論されているという状態でした。
被害当事者不在で進んだ法制審の議論
吉永記者 法制審での議論というのもなかなか表に出てこなかったので、どういうことが専門家や当事者団体から話されていたか、話せるところで伺えますか。そのなかで当事者の方もかなり押し返そうとしていた部分もあったと思うのですが、そのあたりも少し、今後のためにも分かるといいのかなと。
斉藤弁護士 法制審議会が立ち上がる前に研究会というものがあり、そこで1、2年、いろんなことを議論していました。その研究会が立ち上がる前に、私たちは法務省民事局に足を運んで「法制審のメンバーを選ぶ際にはDV被害者のことをよく分かっている人を委員に入れるべきだ」「省庁も例えば内閣府の男女共同参画局などを入れるべきだ」というようなことを言ったのですが、そのときの法務省の言い分としては「われわれもDV被害者のことは非常によく分かっている」と。一方、それを推進することについてはどういうメリットがあるかということについても、議論していきたいという言い方をしていました。DVへの政策が不十分なうちに共同親権を採用するということは問題ではないのかと言ったことに対して、当時の法務省民事局が「制度や法律を作ってから、社会的な設備をつくるのか、社会的な設備が整ってから制度や法律を作るのか、どちらが先かはいろんな考え方があるということを言っていたのが、すごく印象的でした。
今に至って考えると、社会的なDV政策というのはそこからほとんど整っていないのに、先に法律を作っているというのが今の事態です。法律を作ってしまえば追いかけるような形で、社会的ないろんなものが後から整うに違いないという、そういう発想で法務省は進めてきたんだなと思います。審議会には別居親の団体の代表のかたが委員に入っている一方、被害者側の当事者を含めた人が入っていなかった。シングルマザーの団体(しんぐるまざあず・ふぉーらむ)のかたは入っていますけども、被害者団体ではなかった。要するに被害者側の当事者がいなかったということです。たとえば刑法改正の法制審議会のときは、当事者が入っていた。その方々が議論を引っ張って、活動もしていた。ところが今回は片一方だけの当事者が法制審に入っていたということが、特徴であり、非常に問題でした。
「ポンコツ法」と言ってもいい
吉永記者 ある意味、異例だったということですよね。被害当事者を入れないという正当性というのはあるんでしょうか。誰が(審議会委員を) 選んでいるんですか。
斉藤弁護士 法務省です。
吉永記者 先ほどの「法律を作ってしまえば」というある意味、見切り発車的な政策というものが今回この国会審議でも見て取れたんですけど、これでは実務面でも齟齬をきたしてしまう可能性があります。それを顧みないということが、通常法律を作るときに毎回あるんでしょうか。
斉藤弁護士 最近、こういう理念だけ先に作って細かいことは後から決められていくというのが、立法府では手法として一般化してしまっているように感じます。しかし民法と言うのは本当に基本法中の基本法、すべての人が関わるし、とりわけ家族法ですので全く関係ない人はほとんどいません。そういうことを考えると、そんな中身がスカスカな曖昧なものを作っちゃうって、本当にいいんですかと。私は「ポンコツ法」と言ってしまいましたけれども、そういうところがすごくあるんじゃないかなというふうに思っています。
「法制審は強権的だった」
吉永記者 これについては山崎さんも斉藤さんも、言いたいことがあるのではないかと思うんですね。あの法制審議会にそもそも当事者が出てこれなかった。このあたり、一言いただいてもよいでしょうか。
山崎さん 法制審議会なんですけれども、パブリックコメントを無視したということもそうなんですけども、もう出来レース的な気がしたんですよね。私はあえて当事者を入れなかったんじゃないかとすら思います。しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事長の赤石千衣子さんや、戒能民江さんの意見は全部つぶされましたし。すごく強権的な法制審議会だったなって私はすごく腹が立っています。
「被害者を馬鹿にしている」
吉永記者 斉藤さんは被害当事者が入っていなかったことについて、どういうふうにお感じになったか、一言いただけますか。
斉藤さん 法制審のメンバーに(被害当事者が)入っていないことは、本当にDV被害者を馬鹿にしているんだなと怒りしかありません。本当に共同親権ありきで全部が進んでいて、今回の可決に関しても、法務委員会の中で与党の議員ですらデメリットがあると発言さていて、それなのに可決される。おかしいところだらけだなと思っています。
18歳未満なら大学進学も「共同決定」の範囲に?
吉永記者 質問や意見が寄せられています。「斉藤さんと同じ思いです」という声、「DV防止法をぶっ潰すもので怖い」という声。また斉藤弁護士に「18歳成人になったので、高校進学は双方の親権者の同意が必要だけれど、大学進学はそうではないということになりますか」という質問が寄せられています。あとは「法案が可決してしまって、結婚しない、結婚できない、結婚したくないという声も聞かれるようになった」「裁判所なら大丈夫という印象でも、現実は違いますよね」と。そもそも裁判所に、皆さんそんなに行きますか? 敷居が高いですよね。弁護士の先生を頼んだってお金がかかる。お金がない人はどうするのかと。
斉藤弁護士 今回の法律の字面だけ見ていくと「共同親権となり、かつ監護者を決めていない場合は監護教育については共同決定しなければならない」となりますので、進学というのは日常的な行為ではないと考えると、共同決定しなければならなくなる。まさに18歳で、1月が誕生日だという場合どうなるのか、というような問題が常にあるのかなと。いろんなことが今後、議論しなきゃいけないことになってくる。そういうことについては法制審の途中からも、どうなってしまうんだというようなことを弁護士会もいろんな質問状を出したんですけども、全部無視されました。また政治家を通じて質問としてもらいました。それに対しては現在審議中だから答えられない、仮定的な質問には答えられない、ということでやはり回答はゼロでした。
実際どうなるかっていうと、多分きっと何も変わらないだろうというふうに、僕はある意味では楽観的に思っています。けれども中には「勝手に決めたのではないか」というようなことで、大学とか学校とかも巻き込んで裁判になってしまうのではないかとすごく心配はしています。今後2年間、ちゃんと整理していかなきゃいけないかなというところで、だから今後2年間が大事になってくるというふうに思っています。
「DVや虐待の被害者の声を参考にすること」が附帯決議に
斉藤弁護士 今回の国会での審議を皆さん見聞きされているのかわかりませんけど、どちらかというと理念法に近い抽象的な法律になってしまっているので、その中身をちゃんと決めなければいけないだろうと、そういった意味で、ガイドラインっていうのを作ることにはなっています。参議院の方のガイドラインで、最後の最後で修正という形で押し込んだところがあるんですけども、その中でDVとか虐待の知見とか、被害者の意見を参考にしていくというような言葉が最後に入って付帯決議となっています。これはとても大事なことで、従前は、そういったものは法務省の役人とか学者がガイドラインとかいうものを作って世の中に出すみたいな形だったんですけども、そこに「勝手に作るなよ」という歯止めをかけたというところがすごく大きいかなというふうに思っています。
養育費の不払いに公的制裁を加えるべき
斉藤弁護士 あとはもう一つ、今回の改正法で養育費についてはある程度制度の改革があったんですけど、あれで十分に養育費が確保されるとはとても思えない。参議院の参考人質疑でも話題に出ましたけれども、やはり養育費の確保に向けては不払いに対しても公的な制裁を加えるべきではないのかとか、あるいは、自民党の森まさこ議員も質疑で言っていましたけれども立て替えとか強制徴収という制度について、しっかりと国が制度を作るべきではないのかっていうことは、この2年間で十分実現できることだろうと思っていますので、改正法が施行するよりも先に、養育費についてはしっかりと強制的に回収できる、回収率99%を目指すくらいのことでやるべきではないのかと思っています。
海外は養育費未払いに強烈なペナルティ
吉永記者 ご意見が来ています。「養育費の支払いもゼロの状態で仕事を休み、裁判所に通うこと自体が拷問のようだ」と。「間接的な金銭的虐待なんじゃないか」というご意見もいただいています。またご質問で「養育費に関してですが、共同親権の申し立てが認められるかにおいて、養育費の支払い状況が考慮されますか」と。「残念ながら養育費を支払っていない人は7割ぐらいあるということですが、これが考慮されるなら幸か不幸か共同親権が認められないケースがほとんどになるのではないか」という意見もあります。斉藤さん、いかがでしょう。
斉藤弁護士 もちろん養育費の履行状況を見ると、たとえば共同親権を採用している海外の方が養育費の支払い率が高いのではないかとか、共同親権の方が養育費の支払いが進むのではないかというようなことが議論されていたんですけども、養育費について海外のことを言うとさっきも言った通り、未払いだと強烈なペナルティが科されるます。刑事罰も含めてですし、場合によってクレジットカードが使えなくなるとか、運転免許が失効するとか、いろんな制裁が加わるという制度と一体となった養育費の支払いなので、共同親権だけで、養育費の支払いを促進しているかどうかはちょっと分からないかなということです。
「共同親権になれば養育費は今より減る」
斉藤弁護士 大事なことは、共同親権になると養育費を支払われるかもしれないけれど、養育費の額は今より減るんですよね、間違いなく。海外は既に、大体半分ぐらいになっている。共同親権、共同養育にすれば、養育費の額は減ります。なおかつ、例えば児童手当と児童扶養手当といったものも、共同親権で「共同養育していますよ」ということになるとしたら、基本的には半分になるんじゃないのかなと思っています。省庁は今ところそうとは答えていないし、それは変わりませんという言い方はしていますけど、監護の分掌ということで、極端な話、月曜から金曜は母親、土日は父親とか、あるいは第1週、第2週は母親、第3週、第4週は父親と暮らすみたいな形だとしれば、やっぱり手当っていうのは半分にせざるを得ないんじゃないかと。国が負担する児童手当が倍にならない以上、減るはずなんです。
狙いは「社会保障の削減」?
吉永記者 結局、社会保障の削減っていうものも背景にあるんじゃないかと。財務省などが何かこう、喜ぶような。
斉藤弁護士 財務省の負担はきっと減らないんですけど、財務省が社会保障費を減らしたいのであれば、ちゃんと支払義務者、扶養義務者から強制的に回収する仕組みをやればいいわけですよ。だからもう税金と同じような形、国税徴収と同じような形で回収しましょう、そのためには立て替えをしましょうと。
吉永記者 そのような制度ができていないのに、親権付与の動きだけはやたら進んでいくと。また養育していると言っても、誰も実態をチェックする人がいない。養育チェックみたいなことをする人がいるのならいいんですが、そういうことはほぼ不可能。日本の家族に関しては「中を見せない」というのが根底にありますから、基本的難しい。また話は戻りますが、ガイドラインを役所が中心になって作るとか、専門家中心に作るっていうのをやめて、やはりガイドラインは当事者の方や広く国民から意見を募ってやるという歯止めが重要だと思います。折に触れてコモンズでもこのようなトークをやりながら、今もまだ続く誤解も解きながら、話を進めていけたらなというふうに思いました。弁護士の皆さんから声明文。
今後の方向性が示してあり、見るとちょっと心強い気持ちに私はなりました。ぜひ皆さんも、ご覧ください。コモンズの記事にも出ています。
被害者を守るために、地方自治体や職員を守る制度を
吉永記者 山崎さんに伺います。DV被害者の支援の立場から、今後必要になる制度と、あと自治体の働きかけについても具体的に教えていただけますか。当事者の 方が特に注目されていると思いますので、どうぞよろしくお願いします。
山崎さん 先ほどもお話しましたが、強い声に弱い自治体なんですよね。共同親権を振りかざすような別居親の声に屈せず、毅然と対応してほしいわけです。そのために改めて、DV被害者保護を最優先する、粛々とDV防止法の運用をしていく体制を整えてもらいたいと思います。そのために国は、地方自治体の役所や職員を守る制度を作っていかなきゃいけない、それをガイドラインに入れなきゃいけないと思っています。
国は経済的な負担への支援を
山崎さん また先ほどの質問にもありましたが、濫訴に対応するにはどうしたらいいのかということですが、相談機関や弁護士の費用などの経済的負担は大きいです。法テラスも所詮は借金なんです。ですから国に経済的支援をやってもらいたい。借金ではなく、国がお金を出しますよと。
それから法定養育費が定められてしまうと、生活保護世帯が大変なことになるんじゃないかと思います。どうしてかというと、法定養育費に決められたんだから差し押さえの手続きをしてよと言うんですよ保護課は、きっと。取れるでしょって。だけどそれって、先ほども申し上げたようにお金もかかるし、大変なことになるので、立替制度、行政徴収というのはぜひ実現してもらいたい。それは森まさこ議員も言っていたし、維新の清水貴之議員も言っていました。自民も維新でも言っているので、これは2年間の間に何とか実現していきたいっていうふうに思っています。そういった意味で、行政を守る通知や通達っていうのを、きちんと出してもらいたいと思っています。そういう運動をしていかなきゃいけないと思っています。
苦しいけど、一緒に声を上げ続けよう
吉永記者 2年間はそんな長くないですね、今からでも動かなきゃと。「私も」と思うかたはぜひですね、関わっていただけたらなというふうに、斉藤弁護士や山崎さんにアクセスしていただいたり、ちょっと待って共同親権の方に連絡して関わっていただいたりしてもいいのかなというふうに思います。最後に、いま不安に感じておられる当事者の皆さんに向けて、一言ずついただけたらと思います。
斉藤さん 私は離婚調停、面会交流、5年以上かかっています。これに対して、弁護士費用や医療費など100万円以上かかっています。子どもを抱えながら裁判所に行くこと、本当に精神的につらいです。今回の法案のことを知って「自分はこのままでいいのか」「何か自分にできないか」と思って、こういう活動を始めました。やはりSNS上でも、私と同じように「いま子どもを抱えて調停してます」って苦しみながらも、一生懸命、わからない法律用語を調べながらパブコメを書いたり、国会前に直接行って声を上げていただいたりしている方々がいたり、法務委員会のネット配信を仕事が終わった後に後追いで見たりして、皆さんすごく一生懸命、活動されているんだっていうことで、私も勇気をもらって自分を奮い立たせております。
ただ、それが無視されたっていうことで、たくさんのかたがショックを受けているっていうのも分かります。つらいですが、しかし、声を上げないと本当に変わらないんだなっていうことを痛感しています。表には出れませんが、声を拾ってくださる方は、弁護士の先生方、支援者の方々、いらっしゃいます。つらいですが、皆さん、一緒になって声を上げ続けてほしいなって思います。今、現行法でも起きているDVや虐待の実態、面会交流が原則実施で苦しんでいる子どものこともまったく知られていません。今度は、この2年間で、私たちのターンだと思っています。現状をちゃんと把握して、安心して運用できるような内容に変えていきたいなと思います。ぜひとも引き続きよろしくお願いいたします。
「流れを変えたのは当事者の声」
吉永記者 ありがとうございます。力強い言葉に本当に励まされると同時に、斉藤弁護士も(当事者の声が)「流れを変えた」とおっしゃっていました。皆さんの声が原動力になっていったということは間違いないでしょうね。
斉藤弁護士 本当にそう思います。1年ぐらい前までは、本当にこんな状況では全くなかったです。先ほど申し上げたように私が最初に関わった時というのは本当に数人の弁護士と学者ぐらいしかいなくて、ロビーとかでもそれくらいの人しかいなかった。誰も当事者の人がいないような状態でした。でも本当にこの半年、今年になって、こんなに皆さんが一生懸命、ロビー活動をやり、まさかスタンディングなんてものをやるなんて全く思っていなかった。でもそれが確実に、議員さんに伝わっているのかなと。
「無理をしないで、できることを」
斉藤弁護士 正直言って、国会が始まる前は法務委員会の議員さんにどれだけ理解する人がいるかなと思ってすごく心配してますけども、国会の質問を聞いていて、野党の議員から本当にいろんなしっかりした質問がいっぱい出るし、さらに与党の議員からも懸念のような質問が出る。これは明らかに、当事者の人たちが一生懸命活動し、足しげく面談して会って説明をしてきた、そういう活動がすごく実を結んだんだと思っています。だからこそ与党の方は怖くなって、さっさと法案を通しちゃったんだろうというふうに私は思っています。でも本当に、いま斉藤さんがおっしゃったように、ここからが本当にスタートだと思っていますし、やることはいっぱいあると思っています。多くの人の力が必要かなと思っていますので、でも無理しないで、ご自身ができることを、少しずつだけでも結構なので、一緒に活動できればうれしいなというふうに思っております。よろしくお願いします。
「私たちは1人じゃない。そして、変えていける」
吉永記者 本当に、声を上げたくても上げられなかった、行きたいけどどうしたらいいですかって聞かれることがあります。私も取材の中で、苦しい中で皆さん頑張れたなって本当に思いますし、動かしたと思います。必ず声は届きます。その人たちの現状が届くことで、必ず良くなると私も思います。
山崎さん 私たちは一人じゃないし、これだけ多くの声が集まって、議員を動かすことができたんだから、絶対にこれから変えていくことができる、制度として私たちが使いやすい法律に変えていくことができるって、信じています。一緒に頑張っていきましょう。それぞれ自分のできる範囲で、一緒に手を取り合ってやっていきたいと思います。